クロス大陸戦記 35
「隊長。戻りました。伯爵はエレディアに着いたらそのまま館の方へ、と仰せになりましたが」
ディオスの予想通り、馬蹄を響かせ戻ってきたのはトロア。エレディアへの先触れとして先行していたのだ。
「ご苦労でした。その通りにしましょう」
ゼスティンは頷いてトロアに案内を命じた。
それにしても、とゼスティンは思う。
南部の騎士達の練度は非常に高い。今戻ってきたトロアのように、下草の茂った森の中は足場が悪く、馬蹄の音が響くほどの速さで馬を走らせるのは実に難しいのだ。これは騎兵が森や林での戦闘を禁忌とする理由にもなっている。
それを事も無げにこなす騎士達は、掛け値無しに頼もしい存在だ。一騎当千と言っては期待し過ぎかもしれないが。
ゼスティンは少しだけ口端を上げた。
ゆっくりと進みながら、トロアから街の様子の報告を受ける。
「得体の知れない奴等がうろついています。流れの傭兵や商人の用心棒に化けていますが…」
「十中八九、バロの手先ですか」
溜め息混じりのゼスティンの言葉にトロアが頷く。
「えぇ。思っていたより厳重です。こそこそ行く理由もありませんが…どうしましょうか」
ゼスティンの顔に僅かに、しかも一瞬だけ困惑が浮かんだ。
ゼスティンを見知らぬ人の中で“カルス”として動く限りは人目を気にする必要は無い。が、エレディアの監視に当たっているのが、ゼスティンの顔を見たことのある者であった場合厄介だ。
もしかすると、『“カルス”=ゼスティン』の構図が漏れていないとも限らないが、どちらにしろ用心に越したことは無い。
ゼスティンは気付かれないようにウルドに目配せした。
期待通り。ウルドは目で頷き、
「わざわざ衆目を集める事も無いですよ。多少なりと『後ろ暗い事』もある事だし、それらしく行くのが良いでしょうね」
冗談めかした言い方に皆が笑う。
すかさずゼスティンが決を採った。
「では、暗くなるのを待って街に入りましょう」
全員が賛成して、他愛無い雑談が始まった。
「“カルス”隊長。隊長はエレディア伯に会った事はあるんですか?」
トロアに問われてゼスティンは答えた。
「直接の面識は有りませんが、彼女のお父上にはお会いした事がありますよ」