クロス大陸戦記 32
後ろを歩くアスベルは呆れた声をあげた。
「そんな理由で、聖騎士の身分と『神光騎士団』の部隊長の役職を奪われて、こんなトコに飛ばすんで?反対したヤツが居ただろうに…」
「居たさ。バロの腹心の中にもな。だから俺はゼスティンじゃなくて“カルス”だった訳だ。“ホンモノのゼスティン”は大陸を巡る武者修行の旅に出ている。だから、名目上はゼスティンとしての身分は残っているんだ」
ゼスティンは振り向かないまま、右手を肩の高さでひらひらと振った。
「はぁ、そうですかい」
アスベルは納得が行かないという顔で応えた。
アスベルは『虎に翼を付けて、しかも野に放した』とでも感じたのだろう。
しかし、彼がバロが何を考えたのか解らないのも仕方がない。
アスベルの認識は理屈では正しかったし、事実その通りの結果になろうとしている。が、明確な形ではないとはいえ『敵』にとってゼスティンの存在は畏怖の対象以外の何物でもない。こればかりはゼスティンに『敵意』をぶつけられねば判らない感覚だろう。
例えば、帝都では有名なこのような話がある。
ゼスティンが騎士団の部隊長になったばかりの事だ。
帝都ロークの北、ゼビア山脈の麓を、とある盗賊が根拠地にしていると通報があった。
都の至近であった為、神光騎士団からゼスティンの率いる小隊30騎が討伐に出ることになった。
任務は成功。盗賊を壊滅することができた。
しかし、その成功が物議を醸す事になったのだ。
事の次第はこうだ。
事前の諜報機関の不手際の為に30対500以上と言う予定外の圧倒的劣勢にも関わらず、ゼスティンの部隊はまったく無傷。しかも、盗賊団のほぼ全ての構成員を捕らえ、首領の首を挙げて帰ってきたのだ。
それを知った人々は感心する前に不審がった。盗賊達と芝居を打ったのではないか、と疑う者さえ居たのだ。
たが、その疑念はゼスティンの部下である騎士達によって晴らされることとなった。
騎士団の幹部達は真相を明瞭にする為、彼等に改めて報告書の提出を命じたのだ。
そして、それを読んだ幹部の一人…ゼスティンが騎士になる際に教官を務めた人物だった…は、ある一節を読んだ所で事実を確信した。また、魔物や賊徒との戦い振りを見ていた他の騎士や貴族達も同様だった。
彼等にとって、その一節は奇妙な説得力を持つものだったのだ。
《小隊長ゼスティン卿が一騎討ちして首領の首を挙げた。さらに卿が『無駄死にしたいか』と一喝し、残る匪賊共を睨み付けると、恐れを成した彼奴等は一人残らず投降してきた…》