クロス大陸戦記 29
「…さてと」
ひとしきり笑い合った後、ウルドは真顔に戻って切り出した。
「そうと決まれば足踏みは無しでいきましょう。決起予定日は?」
「三ヵ月後。それより早いに越したことはないが…」
ゼスティンの言葉にウルドは眉根を寄せた。
「随分と悠長ですね」
「戦力を集め、組織をまとめ、加えて物資を調えるのには足りないぐらいだと思っていたんだが…」
ウルドの真意が掴めず、ゼスティンは首を傾げた。兵を動かす事の難しさを知らない人間には見えないのだが…。
鎧戸の隙間から外を見ながらアスベルが助け船を出した。
「ここの騎士以外に五千の兵が即戦力として期待できる筈ですぜ」
『何処から…』とゼスティンが問う前にウルドが答えた。
「南部の反乱軍の基幹兵力ですよ。訓練も十分。歩兵ばかりですが、これ以上を望むのは贅沢でしょうね」
「オレが鍛えたんだ。練度は期待してくだせぇ」
アスベルがこちらに向き直って胸を張る。
ゼスティンは複雑な気分で頷いた。戦力が増えること自体は歓迎したいのだが、現役の騎士が反乱軍の訓練をしていたとは…如何なものだろうか。
「それにしても…五千人か…よく気付かれなかったな」
「南部の辺境に関しては騎士団の諜報網も笊ですから。バロに至っては関心すら無いみたいですしね」
ウルドが事も無げに答える。ゼスティンはますます苦い顔になる。
「兵糧は?」
ゼスティンが訊ねると答えはすぐに返ってきた。
「五千で半年。一万になれば二ヵ月位は保つでしょう」
ウルドは何気無く答えたが、ゼスティンは内心驚いた。ウルドの事務能力にだ。
ウルドの具体的な答えは絶えず増減する兵糧を完璧に把握していることを意味していたからだ。
「かなり掻き集めてあるな」
「兵糧だけは。矢を含め、武器は全然足りませんよ」
ウルドが肩を竦める。
「エレディア伯に助力を頼んだらどうですかね?」
アスベルの提案にゼスティンは少し考え込んだ。
エレディアはアースの西にある都市だ。人口は五千強。南部でも決して大きな街ではない。が、富裕さでは抜きん出ていた。
鉱山があるからだ。
鉄鉱や銅鉱を産出する鉱床がエレディアの繁栄の基盤となっていた。
しかし、バロが宰相になるとその豊かさに目を付けられることとなった。重い税金を課された挙げ句、鉱山は国の直轄とされてしまったのだ。
鳶に油揚げとはまさにこの事。重税だけならいざ知らず、自分達が苦労して切り開いた鉱山を奪われたのだ。住民達がバロ宰相に好意を持っている筈が無い。