クロス大陸戦記 28
もっとも、公式記録書を好んで読み漁る者は法律家や史学者など、ごく少数に限られる。
書庫に籠もる程の読書家であるウルドでなければ、一目で看破される事も無かっただろう。
「参ったな。まさか、こんな早く見抜かれるとは思わなかった」
ゼスティンはそう言って、照れたように右手の人差し指で頬を掻いた。
覚悟を決め、言葉遣いも何時も通りに直す。
「ちょ…ちょっと待った」
アスベルが戸惑いの声を上げた。
「えーと…まず、それ、本当ですかい?」
ゼスティンに訊ねていると言うよりは、自分の中で整理しようとしているようだ。
「素性のことなら、間違いなく事実だ」
ゼスティンは答えた。今となっては隠す必要も無い。
アスベルの顔に緊張の色が浮かんだ。
「…ゼスティン卿。あんた、まさか…」
「いや、違う」
ゼスティンは笑みを浮かべて首を横に振った。アスベルの懸念は容易に想像できた。ゼスティンがバロの差し金ではないかと疑っているのだろう。
「昨日の夕食の席での話は俺の本心だ」
やや緊張を解いたアスベルに対し、ウルドが怪訝な顔をした。
「何です?その『話』とは?」
「クーデター」
ゼスティンはさらりと言って破顔した。
ウルドは目を見開きアスベルを見た。
ウルドの狼狽する様子を見て、漸く何時もの落ち着きを取り戻したアスベルは、それに小さく頷いて応えた。
「本当だぜ。ま、クーデターの計画って言うより、バロに関する悪言嘲罵がほとんどだったがな」
ウルドは顔をしかめ、呻き声をあげた。
「本気で?」
「馬鹿野郎。冗談で言えるか」
アスベルは拳を握り、ウルドの頭を小突いた。悪戯を思い付いた子供のような顔になっている。
「まぁ、とにかく」
ゼスティンは静かに切り出した。
「時間の猶予が少ない。ウルド。協力してくれないか」
ウルドは黙って腕組みをした。頭の中で考えを巡らせているのだろう。足元を睨んだまま微動だにしない。
ゼスティンは何も言わず、黙ってウルドの返答を待った。
アスベルはウルドの思考能力と冷静さを高く評価している。だから、ゼスティンと同様、口を挟まずにウルドの天秤が賛否どちらに傾くかをじっと見守った。
砂嵐がおさまってきたのか、鎧戸を叩く砂の音が静かになりかけた頃、ウルドは漸く口を開いた。
「いいな…。実に面白そうです」
先程の戸惑いの表情から一転して不敵な笑いを浮かべている。
「これで決まった」
アスベルはそう言って声をあげて笑った。もう勝てた、と言わんばかりに。
ゼスティンもウルドもアスベルにつられ、いつしか声をあげて笑いだしていた。