Dandelion 3
教科書の記述や教育の内容が変わり、勝者側の思想を植え付けられることになるだろうが、その程度だ。普通の高校生にとって、政治的思想に何の意味があるだろう。
神崎自身、戦いに身を投じたきっかけは、主義思想とは無縁だった。
…それでも戦う理由は、一人一人がちゃんと持っているものなのだ。
休み時間。ぼんやりと外を眺めていると、ガラリと教室の戸が開く音がした。
「神崎いるかー」
名指しされ、神崎は顔をしかめた。
顔を上げると、教室の戸から眼鏡をかけた長身の男が手招きしていた。
「お前、朝練サボっただろ」
三年の火嘉正則だった。彼の先輩だ。
「園芸部で朝練ってどういうこと…」
「暑くなる前に水やりしとかないと蒸しちゃうだろ」
「それ練習って言わない、っていうか当番がやればいいんじゃ」
「うるせえよ。今日はミーティングがあったんだ」
火嘉は持っていたクリアファイルから一枚、コピー紙を取り出した。
「これ、今朝のミーティングのプリント。放課後までに目え通しておけよ」
嫌々受け取ったプリントに、神崎は何気なく目を落とした。
見出しはこうだった。『校内ミスコンテスト投票用紙』。
「…なんで園芸部がミスコンの投票用紙を配るんですか?」
「ばか、それ裏だよ。裏紙コピーに使ったの」
紙の節約にご協力ください、という印刷室の表示に忠実に従っているらしい。わびしい気分を味わいながら、神崎はプリントを裏返した。
『宣旨』と言う文字がちらりと目に入った。
「あっ、あんたアホか!」
「だれがアホやねん」
神崎が思わず、立ち去る火嘉の背中に絶叫する。火嘉は間髪入れずに振り向いて、つかつかと彼に歩み寄り、ガコンと一発、頭を殴りつけた。
神崎は頭をおさえながら抗議した。
「こんな内容裏紙にコピーすんな!…じゃなくて!コピーすんなよ、すぐ消せるようにメールで送れ!」
「仕方ねえだろ、加須原が携帯持ってないんだから」
肩をすくめる火嘉に、神崎は逆にがっくりと肩を落とした。
加須原一臣は彼の先輩の一人で、園芸部の副代表だ。いざというとき『連絡がつかない』ではすまない立場にいるはずなのだが。
「加須原先輩…」
「泣くな神崎。あいつの機械オンチは破壊的だからな。あきらめろ」
「泣いてないっす。…ああ、それじゃ、今回は加須原先輩の仕切りですか」
「そうだ。昨日の今日だし、念を入れねえと」
火嘉の言葉に、昨日の出来事を思い出して彼は拳を握りしめた。
押し寄せる敵、墜ちる要塞。激戦。