暗殺少女 22
「俺はなぜ、ここに来たんだろう」
背を向けたまま無防備に、彼はそうつぶやいた。
「どうしても、ここに来たかったんだ。何か見たかったはずなんだよ。それで終わりにできると思ってた…それだけ、覚えてる」
声音にわずかに、苛立ちが混じる。
「もう少しだけ考えたら、思い出せそうなんだけど」
景は目を伏せた。
時間を与えても、思い出しはしないだろう。霊体の失う記憶は、戻る性質のものではない。それは忘却でも封印でもなく、崩壊し、消失していくものなのだ。
彼の思考が少しずつ、逃げる方向に傾いていくのがわかった。
苛立ち、理性を失い、欲求のまま行動する方向へ。『兆候』。
彼は景に訊ねればよかった。
『それ』が何か、訊ねるだけでよかった。彼女は答えを知っている。
だが彼は訊ねず、景も言わなかった。言っても無駄だった。
彼はもうそれを目にしていた。この、白く花水木の立ち並ぶ歩道を。
それを目にして心動く記憶は、もう彼からは失われたのだ。
この並木道で、隣を歩いていた娘の横顔も、彼女に告げた言葉も、はにかんでうなずいた彼女に、感じた甘い幸福も。彼が取り戻したいと願ったものは、あいまいなイメージ映像でしかない思い出よりも、より揺るぎなく確かなもの、『死』に、飲み込まれたのだ。
すでに、永遠に満足することのない存在へと、彼は変わってしまった。もう遅い。
「もう、遅い」
景は柄に手をかけ、鯉口を切った。
踏み込みとともに放たれた一閃を、逢坂一は抵抗なく受け入れた。
やはりこのパターンは性に合わない。
景は、ついてもいない血を払うように、刀を振った。
第八話『校倉悟』
深夜、あるアパートの一室。夜の闇が凝って生まれたかの様な少女は問うた。
「……死神になりませんか?」
答える者の名は校倉悟。彼は今し方珍奇な発言をした不法侵入者に対し、柔和な表情を以て応じた。
「あらあら可愛いお嬢さん。死神だって?興味があるね。詳しい話を聞かせてくれるかな?」
返ってきたのは予想外の反応。少女の長い長い人生で、初めての経験。
それでも少女は、白い頬を僅かに赤く染めながらも冷静に対応した。
「驚かないのですか……」
「まあね」
「分かりました……ただ、説明を始める前に一つ、いいですか……?」
「何?」
「私は……可愛くありません」
笑い声が重なった。笑ったのは悟と……
「誰?」
「ごめんごめん、可愛いなあ儚は……くくく」
「幽……」
「君は?」
「あたしは幽。儚と同じジャッ……まあ死神の手下だ。隠れてて悪かった」
突然現れた幽は、笑いを噛み殺しつつ、他人の分も合わせた自己紹介をした。
「しっかしまあ、動じないねあんた」