大光旅伝〜『龍』の章 5
見ると、そこに居たのはくりくりした瞳が印象的な、人懐っこそうな美少女だった。
舞国の人間には珍しい栗色の髪をツインテールにし、裾丈の短い薄緑の着物が、活発そうなイメージに良く似合っていた。
しかし、黒い帯の後ろに見えた刀が、何ともアンバランスに思えた。
「やっぱり大軌様だー。へー、間近で見ると、結構可愛い顔してるんだー♪」
少女は大軌の方を見てニコニコしているが、当の大軌は憮然としていた。
眠りを妨げられた上に、こう馴れ馴れしく話し掛けられたとあっては、無気力な大軌も黙ってはいられない。
「おい、町娘…。俺は寝ようとしてるんだ。お子様の相手なんかしたかないの…。去ね去ね。」
そう言って、しっしっと手を払うと、再び目を閉じて夢行きの船を待つ事にする大軌。
本当はもっとガーッと文句を言ってやりたかった大軌だが、結局面倒くさがって言うのを止めてしまう。
彼は、自分の意思表示すら満足に行わないのだ。
そのくせ我が強く、自分の意は曲げないために、非常に扱いづらい性格をしていると言える。
「何だよー。お子様じゃないぞーアタシは。アタシはねー…」
この後少女は、意外な事を口にする。
「天龍の繋“龍天鏡”だよ!」
大軌の眉がピクリと動く。が、昼寝は止めない。店の店員さんが困っているのもお構いなしだ。
「むぅ、その顔は信じてないなー」
「当然だ。龍天鏡が姫鷲にいる訳がない」
繋は龍の代弁者であり、舞国の各地域の領主である。いくらここが舞国の中心・姫鷲とはいえ、領地を放ってこんな街中にいる訳がないのだ。
「それは……」
一瞬、少女の表情が陰ったが、目を閉じている大軌は気付かなかった。
「それに、お前みたいなちんちくりんの小娘じゃ繋に見えない」
「ムカ」
少女のこめかみに青筋が浮かんだ。
「ちんちくりん……?」
風がザワザワと騒ぎ始める。澄んだ空気を孕んだ清々しい風だったが、その爽やかさとは裏腹に、勢いは暴力的なまでに加速していく。
流石の大軌も不審に思って目を開けた。
風の中心に立つ少女の髪が躍っている。
「こうなったら、自力で身の証しを立てるしかないよね?」
「はい?」
「ちんちくりんなんて言われちゃったしー。ちんちくりん……」
少女は腰の刀に手をやり、おもむろにそれを引き抜く。
「使うのは峰だから安心してねー」
背中に冷たいものが流れるのを感じ、大軌は反射的に椅子から転がり落ちた。
少女の振り下ろした刀は大軌を逸れ、一瞬前まで寝転んでいた椅子を真っ二つに“両断”する。
「い、椅子がーー!?」
店員さんが悲鳴をあげた。大軌も別の意味で顔を引きつらせる。
冗談ではない。粗末な椅子とは言え、峰で打って斬るなんて常識外れにも程がある。
「ありゃりゃ、力加減間違えちった。んじゃ次はよぉく注意してっと……」
少女は再び剣を構える。
大軌は素早く立ち上がり、脱兎の如く逃げ出した。しかし、
「ドコ行くのー?」