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光闇予言書
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光闇予言書 8

もっとも、斜め上で梢がはじけるような音で折れ、そこから驟雨より激しく葉が振り落とされ、なによりそんな大騒ぎを引き起こして墜ちてきた生物の、言語に絶する喚きごえのために、あまりよくは聞こえないが。
墜ちてきたのは、翼竜だ。ミルボロを半ばひっ抱えるように立っているのはオルゴンだ。
ミルボロがそうと気付いたとき、
「おもしろい」
やさしい、やわらかい、しかし全身の毛をよだてるほど残忍と酷薄を感じさせる声といっしょに、二人の目前にフワと黒煙のようなものがたった。
黒煙が、人の形をとった。…いや、もとより人であったのが、それまで動きのあまりの速さ軽さにそうとは見えなかったのだが、静止してようやく本来の形に見えたのだ。
もっとも、静止してなお、人は黒ぐろとしている。黒衣をまとっているのだ。フードに面を包み、口元も黒紗でおおって――
と、黒衣はそのフードを払いのけた。
凍り付いた滝のような長い、白銀の髪が流れだした。顔色も、透きとおるほど青白い。…瞳すら、酷薄な氷の色だ。
口元はまだ紗に隠れているが、顔立ちのきわめて端正なことは十分にわかった。
…その口元の紗が、はらりと外れた。
紅玉よりも紅い唇が、笑みを刻んであらわれた。
「クスラルだ」
甘い声で、そいつがいう。甘いが、たしかに少年の声で。
「うぬら、光の選士であろう?おれの名を、知っておるか?」
明らかに年上の相手を平然と「うぬ」と呼んでせせら笑う態度は、この美しい少年の姿に、陽炎のような妖気を与えている。
「は?光の選士?なんだそれは?…クスラルってのはあんたの名か。ずいぶん頓狂な餓鬼だねえ」
声だけは笑いながら、しかし、オルゴンの顔は血の気がひいているようだ。
ふざけた台詞で――とはいえ彼が光の選士などという言葉を知らぬのは正直な話だが――相手の少年の質問を笑いとばしたのは、むしろ苦し紛れ、自棄にちかい。その実、相手が少年といえ、そのへんの無頼よりよほどたちの悪い敵であると直感したからだ。
にやにやしつつ、目では必死に相手の隙をうかがい、さっき竜を貫き通して落とした剣との距離をはかっている。
さすが、くそ真面目な堅物の背筋にも、この場の異様さがじんわり寒気を伝えてきている。…とは、むろんミルボロのことだが。
彼はようやく、オルゴンが竜を墜落させたのだということをのみこんだところであったが、その腕と度胸を持ったオルゴンをして青ざめさせる少年クスラルにあらためて目をやって、また背を冷汗でぬらした。
オルゴンならばあるいは、と思う。おそらく当人もそう考えているはずだ。…ただし、剣さえあれば、と。
竜はもはや弱々しくもがくだけで、先までの耳鳴りをさそう大叫喚はすでに消えている。

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