光闇予言書 4
「うん、まあ…そう申しても間違いではないな」
「では、では…こちらからお立ち退きになられますので…!」
いった口調があんまり衝撃を受けた様子だったから、ミルボロは、はて──と首を捻った。では、オルゴンというのは、意外に慕われていたのか。そんな驚きが彼を捉えたのである。
もっとも、それも一呼吸か二呼吸の間であった。
「ああぁ〜ありがたや、ありがたや、…」
農婦は、そう叫びつつ、ミルボロたちを、神様かとばかりに拝みだしたのだ。
「これでようよう、村も色魔から解放…」
いいかけて、仮にも〈色魔〉が元・王族と気付いて、
「アレ、失礼を」
慌てて、口をふさいだ。
ミルボロが呆れて物もいえない折りも折り…
「きゃああっ!」
道の向こうで声が響いたかと思うと、たちまちこちらへ近付いてきた。
「きゃああっ!」
悲鳴のあとを、もう一つ、声が追ってくる。
「なんで逃げるんだよ〜?アルナちゃーん!」
アルナというらしい娘が、遠く農婦とミルボロらを見て、声を張りあげる。
「スンダラおばさんに、どなたか存じませんけど騎士さまっ!どうかあたしをかくまって…」
息をはずませて、その間に飛込んできた。
「アル…」
追い掛けて来て、自分も騎士たちの間に入りかけた男の声が、鈍い音とともに途切れた。ミルボロが鞘ごめに剣でぶん殴ったのだ。
「あ…」
はずんだ息の下から、アルナは確かにそんな驚愕の声を微かに発した。
「あの、…ありがとうございます。…でも、よろしいのですか?」
礼を述べつつ、ミルボロに尋ねる。
「何がだ?」
「だって、あの…あなたは王宮の方でしょう…?」
「そうだが?」
「なのに、この人を…?」
アルナも息をはずませていて云いたいことがはっきりしないが、それよりミルボロの察しが悪すぎる。
さきほどの農婦──スンダラというらしいが──が、見かねたように口を挟む。
「あのう、騎士さま。──この、…あなた様が殴って気絶させなすったこの方がオルゴンさまでございますが」
「なにぃ!?」
かがみこんで、まじまじと気絶した男の顔をのぞき込んで、
「確かに、面影は…」
と、呟く。横から、連れの騎士も首をひねりつつ、
「十中八九、間違いなさそうですなあ」
さらにまた別の騎士も言い出した。
「…いっそ、このまま…拉致っちゃいます…?」
「そ、それはいかん!」
ミルボロは慌てて、
「こういうことは、もっと、きちんと…」
「いや〜でも、ねぇ」
「急ぎの用なはずじゃないんですかね」
「そうそう、悠長なこといってたら、この人自身でダダこねて時間くいますよ」
「ほら見て下さいよ、気絶しててすらダダこねそうな顔」
「む、むぅ…」
ミルボロはつまった。主への忠誠か、人としての礼儀か…真剣にそう考えている。大袈裟な男だ。
「ああ、もう!」
じれったそうに叫んで、一人がいまや元王族オルゴンと分かったそいつを、まるで荷物かなにかのようにミルボロの馬の背に積んでしまった。
「いいですか、この人連れて先行ってください。私たちがこの人の元家臣集団に挨拶ぐらいして、丸め込んで、すぐ追い付きますから」
手を振って、早くというように促す。──行かねば、今度は「しッ!」とでも声に出たかも知れない。