魔術狩りを始めよう 8
若月の記憶が正しければ、フツノはあの魔術師の少女によって影の中に取り込まれてしまったはずだ。
疑問には思ったが、再びあの獣が現れたということは戦いがまだ終わっていない証拠でもある。
もしかしたら女の方も交戦中かもしれないので、疑問よりもフツノの回収を優先することにした。
崩れた獣の体に半ば埋もれているフツノに近づき、手に取ろうとしたところで若月の動きが止まる。
離れていたときは明かりが乏しく気が付かなかったが、近くで改めて見たソレは、どうやら土が山になっているだけのようだ。
「これって、まさか――」
若月の頭の中で火花が散った。今までの記憶と、その中で感じていた疑問が一本に繋がる。
「……先輩が危ない!」
フツノを掴むと踵を返し、元の道へと駆けていこうとする。その若月の身体を、急激な脱力感が襲う。
(そうだ、『歪み』のある者が直にこれを持つと、全身の体力を奪われるんだっけ……)
しかし、今はそれどころではない。若月は深く深呼吸をすると、ゆっくりとフツノに手をかざした。
己の内に宿った、世の理から外れた異界の法則。
その存在を確かに感じながら白刃に手を添えると、その周囲の空間が僅かに揺らぎ、あの脱力感がいくらか和らいだ。
「…………ふう」
止まっていた息を吐き、再び駆け出そうとした瞬間、先の脱力感とは違う感覚が全身を包む。
ツクヨミを維持することもできず、姿を現した途端に膝を着き、身を強ばらせる。
異界の情報たる歪みの多用による負荷は、まだ普通の人間に近い若月には心身ともに大きな影響を与える。
その反動が今、若月の全身を包んでいた。
(身体が、言う事を、きかない――ッ!)
どくん、と響く自分の鼓動がやけに近くに聞こえる。息が荒くなり、胸が締め付けられるような感覚。
思わずシャツをきつく握り締め、歯を食い縛って発作が通り過ぎるのを待つ。その頬を伝い、一筋の冷や汗が
地に影となって落ちる。
――その瞬間は、意外にも早く訪れた。
何の前触れもなく全身を支配していた抗いがたい感覚が消え、一気に全身の筋肉が弛緩する。
乱れた呼吸を整えながら、もう体のどこにも異状がないことを確認すると、緩慢な動作で立ち上がった。
その動作は力なく、ひどく頼りなげだ。
肉体的な反動は完全に消えたが、頭の奥底にさっきの感覚――自分がこの世のモノから遠ざかるような感覚がまとわりついて離れない。
だが、頭を振って表情を引き締めると、全力で駆け出した。
フツノを、あの凛々しいパートナーに届けるために。