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魔術狩りを始めよう
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魔術狩りを始めよう 32

 それはまだ鮮明に記憶に残っている。ついさっきの体験にもつながる、世界をくつがえしてしまうようなものに触れたこと。忘れろというほうが無理なぐらい圧倒的な体験だ。
 しかし昨夜に得たその感覚が何を意味するのかは、何ひとつ情報の無い若月には判断がつかない。だからそこから先の推察は事情を知っているらしい御刻に任せることにして、感じたことだけを簡素に答えた。
「……はい。こう、なんと言うか体中の血がザワザワするような……」
「……」
 対し御刻はさらに眉を寄せ、何かを思案するかのように押し黙った。
 沈黙。
 場の主導権を握っている御刻にならい、動きもなく黙っていた若月だが、吹き抜けていく風に思わぬ肌寒さを感じて小さく体を震わせた。
 少し見上げれば日はすでに地平の彼方に隠れ、西の空をわずかな名残が紅く染めている以外はもう夜の領域なのだ。後はまた日に照らされるまで、空気も徐々に熱量を闇に喰われていくだけだ。
 少しずつ夜闇に塗り潰されていく周囲の風景に現状を重ねてしまい、若月は小さな不安を覚える。何も見えない世界に踏み込み、しかし闇は払われずにすべてを隠し深まっていく。
 知らないということは恐怖につながる。だから闇を払うために火を用い、しかし夜に異界を見てきた。
 そして自分は今、その無明の領域に立っているのではないか。
 もはや夜風とよべる冷たさを持った風が、ふたりの間を抜けた。
 どこかで木の葉が音を立てて揺れた。若月は何の気なしに、どこから音がしたのかと首をめぐらせた。
 瞬間。
 ぞくり、と背筋を何かが駆け抜けた。それはお守りから感じた何かを正視できるくらいに薄めたような感覚で、
「――ちっ!」
 突然、かなりの勢いで御刻に突き飛ばされた。
 何が、と思う前に事態は急速に動いた。
 何者かが放った、あ、という単音をつなげた叫びに呼応するように、直前まで若月と御刻がいた場所、今の二人のちょうど中間となる空間が陽炎のように揺らめく。
 叫びは止まらない。
 周囲の空気を震わせている。声が続き、揺らめきが強くなる。
 しかし唐突にそれは崩壊した。
 揺らぎが一際大きくなったままたわみ、それに堪えきれず、空間そのものが弾けた。
 それによって生まれたのは破砕の線。
 その線から圧が風となってあふれだし、純粋な力が空間を薙ぐ。
 そして、空間が作った破砕の線をなぞって出来上がるは不可視の刄だ。
 あふれだした風は音そのものとなって周囲に轟と響かせ、力の軌跡は空気を破裂させて爆発に近い音を奏でる。
 荒れ狂う風圧に砂塵が舞いあがり、若月は思わず目を閉じた。
 それと同時に、あ、の叫びが止まり、最後の暴風が破裂し渦を巻き空に抜けていった。
「へぇ……今の斬撃に反応できるとは、な」
 男の声。
 慌てて声のした方、若月がここに来るのに通ってきた道を見れば、短髪を立たせた青年が薄ら笑いを浮かべながら立っていた。

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