魔術狩りを始めよう 31
身体の感覚は失われていき、もはや指を動かすどころか呼吸すらできない。
視界が霞む。明暗は消えて、全てが分からなくなっていく。
聞こえるのは聞こえない詞と無音の叫び。
叫んでいるのは己か。
己とは――
「――――――ッ!」
その時。
何かが壊れると感じた瞬間、不意に奇妙な感覚がまとめて霧散した。そして聞こえるのは、
「驚かせてしまったか。悪かったな」
「……っ……あ……?」
声。女の声。
誰だ、と思い考えるという行為を始点に、全てが元の形を取り戻していく。
体の感覚も戻り、同時に体中から力が抜け、立っていることも出来ずに糸の切れた人形のようにその場にへたりこんだ。
「……すまない、早計だった。立てるか?」
わずかに気まずそうな表情の御刻が手を差し出す。その手を見つめて、若月は茫然自失としていた。
「い、今の……」
「その質問は無しだ。知らなくていいことも世の中にはある。それに外傷はないはずだ」
そう言われて、ようやく自分が刺されたことを思い出し、あわてて傷口を確認する。だが、
「無傷……?」
身体に異常はなく、制服にも傷ひとつない。
……そう言えば。
さっきは目の前の出来事に気が動転していたため疑問にも思わなかったが、よく思い出せば痛みどころか物が触れている感触すら無かったのだ。ならば、さっきのはただの見間違いだったのか。
……まさか、そんなはずは……。
考えがまとまらない。とりあえずは立ち上がろうと再び視線を上げた若月は、御刻の持つものを見て絶句した。やや後ろに下げられた左手、差し出された手と反対に握られているのは鋼色に輝く一振りの刀。
「――っ」
その刃を見た瞬間、自分の中にある何かが脈打った気がした。
ほんの一瞬だけざわめいたものは、凶器を目の前にした恐怖や怯えとは違う、例えるなら嫌悪感のようなもの。しかしなぜ刀にそんなものを感じたのか、若月自身にも分からない。
「……どうした?」
御刻の声ではっと我に返った。いつまでも立ち上がらない自分を不審に思ったのだろう、御刻の眉はやや寄せられていた。慌てて若月は差し出されたままの御刻の手を取り、細く、ひんやりとした女性の手の感触に少しどぎまぎしつつも立ち上がる。
身体はいつも通りに問題なく動く。弛緩した手足にも力が入る。あの、言葉では表せない感覚が脳裏に焼き付いて離れない以外はすべてが正常だ。
「しかし妙だな……」
「な、何がですか?」
御刻は若月の顔を観察するように眺める。見られる側としてはかなり落ち着かないが、御刻はそんな若月の様子など気にもせずに話を進める。
「……お前は昨日、そのお守りにの中身に反応し『何か』を感じたはずだが、間違いないな?」
その通りだ。途中で御刻に止められ我に返ったが、あの時、お守りからは確かに奇妙な感覚がした。