魔術狩りを始めよう 20
去りゆくその小柄な背中が視界から消えて数秒、我に返った若月が急いで学校に行く支度を始めたのは言うまでもない。
数時間後、とある公立高校。午前の授業も終わり昼食のため賑わい始めた教室で、若月は自分の机に突っ伏していた。
理由は二つ。昨夜の魔術狩りの疲れと、悲惨な結果に終わった英語の小テストだ。
しかし、だらけてもいられない。
今朝の騒動の後、何故かテーブルの上に残されていた観崎からの置き手紙により、これから古文研――古代文化研究部の部室に出向かなくてはいけないのだ。
重い腰を上げ、購買部へと向かう。本当はゆっくりと食堂を利用したいところだが、あまり遅れると後が怖い。
適当に出来合いの惣菜パンを2つと飲み物を調達すると、若月は少し離れた部室棟へと向かった。
古代文化研究部――名前は古代文化だが、研究対象となっているのはアトランティスやらピラミッドやらと、むしろ「オカルト研究部」に近い。
古文研の部室は数ある部室の中でも広い方に入る。
というのも、部員数こそ少ないものの高校創立以来の伝統を持つ古い部だからだ。
しかし、その広い部室も代々の部員が持ち込んだ怪しげな代物で埋まり、今では5人も入ればかなり窮屈な状態になっていた。
そんな物置まがいの部室に若月が到着すると、観崎は半ば謎の荷物に埋もれている机で昼食を取っていた。そしてこちらに気付き、
「おや、やっと来たね若月クン。何だかお疲れのようだけど、そんな時に呼び出したことを謝罪した方がいいのかな?」
「別にいいですよ、そんなの」
「そうかい。ならばいつも通りにいこう」
観崎の言葉を聞きながら若月は手ごろな大きさの瓶をひっくり返して椅子代わりにし、先程買ったパンを取り出しつつ尋ねる。
「あの、ところで他の人は?」
「ん、ああ。話があるのは君だけだよ」
「……オレだけ、ですか?」
何かいやな予感を感じつつ、若月はおうむ返しに聞いた。
「ああ。朝も言ったと思うけど、気になる噂を二つ入手してね」
「……その噂にオレが関係あると?」
「そう。その内の片方に、だけどね。理解が早くて助かるよ。で、一つ聞くが……」
観崎は言いながら俊敏な動作で若月の肩に手を置き、その細指に不似合いな握力でがっちりとホールド。
若月は己の肩に食い込む五指を見ながら乾いた愛想笑いを浮かべたが無視され、
「……石上先輩とよく密会しているらしいけれど――本当かな?」
「いや、そんな、密会だなんて……」
そういう類のものでは、と言いかけて若月は硬直する。眼鏡が光を弾いていてよく見えないが、口元がひくひくと微かに動いている。
「ん? よく聞こえないなぁ。もう一度言ってくれないか」
徐々にぎりぎりと肩を締め上げる観崎。傍から見れば、可愛い後輩に迫る先輩の図に見えないこともない。だが、
(ここで下手な事を言ったら殺されかねない!)
不本意ながらも何度か死線を潜り抜けてきた若月の勘が激しく警鐘を鳴らす。
「み、御刻先輩とは、その――」
「御刻……先輩ぃ?」
ずずいいっ、と顔を寄せる観崎。もはや若月を押し倒さんばかりである。ここへ来て、若月は己が何か大きな過失を犯したことを悟る。