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魔術狩りを始めよう
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魔術狩りを始めよう 19

「患者を診ないことには答えようがありませんが、恐らくは」
 やれやれ、と男は微かに眉根を寄せる。さながらお転婆娘がまた悪戯をしたか、困ったものだと言わんばかりに。
「いつもの通り、13番診察室へ。場合によってはそのまま手術の可能性もあるから、準備を頼むよ」
「分かりました」
 あくまでも事務的に返して踵を返そうとする看護師。その背中に男が声をかける。
「……ああ、そうだ。例の患者の容態はどうかな?」
「依然意識は戻りませんが、前ほどうわ言は見られなくなりました。これが良い兆候なのかどうかは、正直判断しかねます」
「分かった、ありがとう。持ち場に戻ってくれ」
 一礼して去る看護師を見届けると、彼は大きく伸びをして足早に歩き始めた。

 走りに走り、若月はようやく我が家である古びた木造アパートに辿り着いた。
 肩で息をしつつ通路の一番奥にある自分の部屋に向かった若月は、ある異変に気が付いた。
 ……ドアが開いている?
 確かに出掛ける前に鍵を掛けたはずの玄関が、今はわずかに開いている。
 ぐっと息を呑む。空き巣だろうか、それともただの勘違いか。
 不意に、一つの映像が頭に浮かんだ。
 敵、歪み使いが扉の影で、殺意を携え自分をじっと待ち構えている。
 たちの悪い妄想だとは分かっていても、イメージはどんどん鮮明になっていく。

 バタンッ!
「ひぃっ!」
 突然、扉が勢いよく音を立てて開いた。情けない悲鳴を上げて飛びのく若月。勢い余ってすっ転び、腰をしたたかに打ち付ける。
 一仕事終えて逃げようとしていた空き巣と鉢合わせしたか、はたまた待ち受けていた刺客か。ゆっくりと顔を上げた若月が見たものは――

「お早う若月クン、朝帰りとはいい度胸じゃないか」
 ビン底のようなぶ厚いメガネに折り目ひとつまで整った制服、そのくせ妙に愛嬌のある顔立ちの女性が仁王立ちしていた。背が低いのであまり迫力はないが。
「……観崎先輩、何やってるんですか他人の家で」
 若月は安堵からか、やや脱力しながら目の前の女性――自分が所属している部活の長へと問い掛けた。
「はは、いや何、少し気になる話を小耳に挟んだから、それについて話を聞きたかったんだ。それなのに不在だったからね、中で待たせてもらったよ。本当は扉の前で待ち続けてもよかったんだが、近所の方に私たちの関係を邪推されても困るしね」
「はぁ……って言うか鍵は!?」
「ん、この魔法の器具で鍵穴をいじれば数秒だったよ」
 そう言いながら観崎が取り出したのは、曲がった針金のような、巷で話題の器具数本だった。
 それってピッキングでは……という喉まで出かかった言葉を黙って飲み下す若月。彼女の奇矯な行動は今に始まった事では無いし、言ったところでどうなるものでもない。
 ため息をつく若月を見下ろしながら、観崎ははたと思い出したように腕時計を一瞥する。
「おや、もうこんな時間か。そろそろ出発しないと間に合わなくなってしまう。名残惜しいが続きは部室で聞くとしよう」
 そう言うと彼女は例の器具を鍵穴に突っ込み、かちゃかちゃと弄り回す。
「って先輩、なんでちゃっかり鍵かけてるんですか!」
「開けたら閉める、当然だろう。それとも若月クン、君は鍵もかけずに家を空けるのか?」
「オレの荷物がまだ中にあるんですってば!」
 ああなるほど、と手を打つ観崎。例の器具は影も形も見えなくなっている。
「残念、もう閉めてしまった。悪いが自分の鍵で開けてくれ」
 その間、僅か10秒足らずの神業。あっけにとられる若月を尻目にひらひらと手を振りつつ、彼女の背中は下り階段へと消えていった。

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