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魔術狩りを始めよう
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魔術狩りを始めよう 18

「先輩、彼女から『力』が消えたら、また元通りになるなんて事は……」
「あるわけがないだろう。よく見ておくんだな。これがこの世の理を歪め続けた代償だ」
 そう、こうなってしまったら元に戻る見込みは殆どないに等しい。むしろ『力』をもっているだけに性質が悪い。
 女はフツノを逆しまに掲げる。昇りかけの朝日を弾きつつ、刀身は目映い光を放つ。
「目には目を、歯には歯を、そして魔には魔を以て。世の理より外れたモノは、更に外へと押し戻せ――」
 朗々と響く声は、さながら異界の『力』へと溺れ、引きずり込まれてしまった哀れなる犠牲者達への鎮魂歌。
 或いは、魔術を狩り続ける女が見せる唯一の慈悲の詞(コトバ)なのかもしれない。
「歪みを正し、在るべき姿へ回帰させよ……『封』」

 輝く刃は少女の胸に吸い込まれ――静かに引き抜かれる。

 くたり、と糸が切れたように倒れる少女。同時に、彼女の操っていた人形達が一斉に土へと還り、風と共に何処へともなく散っていく。
 人形と踊り続けた少女の口元には、微かな笑みが刻まれていた。
「先輩…」
倒れた少女を見ながら若月がつぶやいた
「…帰るぞ。日も登ってきた」
次の言葉を遮るように背を向け言った
「『魔導書』を放っておけばこういうことはまだまだ増えるんだぞ」
「…わかりました」
少女を一瞥すると若月は追った。いつか自分を『狩る』かもしれない人物を、そして『救って』くれるかもしれない人物を

「そう言えば先輩」
「なんだ若月」
「すっかり忘れてたんですけどこの前黒いのと戦った公園で変な人に助けられたんですよ、でも今考えるとその人『歪み』の人だったかもしれないです」
「この前? ……ああ、フツノを拾いに行った時か。随分時間が掛かると思っていたが、そんな道草を喰っていたとはな」
 女は振り向かずに答える。そのそっけない口調に、逆に若月が驚く。
「驚かないんですか? すぐ近くに2人も歪み使いがいたのに……」
「今のところ被害は出ていないようだから、そう急いで『狩る』こともないだろうよ。それより若月」
「はい?」
「英単語のテストはどうした?」
 一瞬にして顔色が変わる若月。考えてみれば、女に一晩中付き合わされて貫徹である。当然、単語の勉強など出来ているはずがない。
「……先輩、今何時ですか?」
「ん、もうすぐ6時半だな」
「し、失礼しますっ!」
 脱兎の如くバス停へと駆け出す。その先に今しも出発しそうなバスが見えたのは気のせいだろう。
 女は髪を軽く掻き上げると、ポケットから携帯を取り出し(あの戦闘で壊れていないのは奇跡だ)2、3ボタンを押した。
 数回の呼出音の後、すぐに電話は繋がった。
「もしもし、私です――ええ、また『処理』をお願いできますか? ――はい、住所は……」

 若月は朝に染まる道を駆けていた。結局バスに間に合わなかった上に、次は四十分後までなかった。
「くっ……! バス会社のバカ野郎!」
 もちろん愚痴っても意味はなく。若月は必死に駆け抜ける。

 ――ありがとう。

 その時不意に聞こえた声。
「……え?」
 止まって辺りを見ても、まだ早朝、周りに人はいない。視界の中で動くものは、塀の上の黒猫ぐらいだ。
 だが、その声には聞き覚えがあった。
 それは確かに、先の少女の声。
 空耳かもしれない。それでも、若月は呟いた。哀れな少女に届くと信じて。
「……どういたしまして」
 そして、ごめんね、と口の中で呟いた。
 天を仰ぎ数秒、若月は再び駆け出した。

 とある病院、薄暗い廊下を歩く白衣の男を看護士が後ろから呼び止めた。
「先生」
「――ん、どうかしたかい?」
 呼び止められた初老の男は、近づいてくる看護士に柔和な笑みで返した。
 それに対し看護士は事務的な態度で、
「石上・御刻さんから治療の要請がありました。今こちらに向かっているそうです」
「……また何か無茶をやらかしたのか、彼女は」

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