飛剣跳刀 79
なにか、薄く削がれた玉のようなものが、正面をつやつやと磨かれて、規則的に間隔をおいてはめこまれているのだ。しかも、ずいぶん前からのものらしく、はめこまれた周囲で壁の色が違っていることもない。
(まさか……こんなところに、住んでいるやつがいるのか?)
きょろきょろしながらも、彼はいっそう歌声に近いところまで来た。かぼそく、はかない少女の歌声は、反響のために神秘的にすら聞こえる。
蜘蛛が、動きを止めた。
「おい、どうした?」
思わず声をあげた瞬間――ふっと、歌声がきえた。
「……あ?」
ティンバロはきょとんとしたが、次の瞬間、脳髄はあわただしく回転し、いまの一瞬に起こったことを理解している。
――歌声の主は、思いの外すぐ近くにいたのだ。そして……さっきの蜘蛛への問いかけは、そいつに聞かれてしまった……
当然、そいつは声を発した人間の存在にも、思い当たっているはずだ。
まさにそのとき、
「誰なの?」
と推何の声がした。歌声の主らしい、かぼそい少女の声だ。ティンバロはややほっとしたが、それがどうやら壁の中からだと気付くと、再び落ち着かぬ心地になった。
「そ、そっちこそ、誰だよ」
わめき返して、
「どこにいるんだ? はなから見えねえ幽霊ってんなら仕方ねえけどな、違うってんなら、姿見せてからものを言えよ」
勢いまかせに、半ば逆ギレにちかいことをまくしたてた。
意外にも、壁の中の声はくすりと笑った。
「……よかった。おばあさまのお使いではないのですね」
ティンバロにはよく解らぬことをもつぶやいて、その直後、ごくやわらかな足音が続く。まるで、壁の中にひろい空間があり、そこを、ティンバロのほうへ歩いてくるように。
次の瞬間、まばゆい光がティンバロの目に飛び込んできた。
「うわっ」
目を細めながらも、彼はなんとか、壁があろうことか扉のごとく開いたこと、そしてそこに、ほっそりした少女が立っているのを見た。
「あなたは――よそから来た人なのね」
少女は首をかしげたらしい。
「教徒なら、そんな格好のはずないもの」
「な、なんの話だよ」
ティンバロは混乱して、
「ここはどこなんだ、人がたくさんいる……のか?」
「ええ――そういえば、そうね。あら」
少女は、足元の蜘蛛に気付いたらしい。
ティンバロは、彼女が跳び上がって悲鳴をあげるかと思ったが、案に反してその口からは、
「サラサーン!」
喜びに満ちた呼びかけが出た。
「サラサーン! 帰ってきたのね!」
ティンバロは目をしばたたかせた。
「え? こいつまさか、あんたの蜘蛛? 今の、蜘蛛の名前?」
「ええ」
少女は嬉々とした声をあげて、
「あなた、この子について来たの? それとも、あなたがこの子をつれて来てくれたの?」
「えーと」
どっちともいえる。ティンバロが迷っていると、少女は彼の手をぐいと引っ張った。