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飛剣跳刀
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飛剣跳刀 80

「うわ……っと」
 よろめいて、半分ころげこむように、ティンバロは少女のいる〈壁の中〉に入っている。
「どっちにしても、あなたはサラサーンのお客さんよ。それにわたし、一人で寂しかったの。どうか、招きをうけてね」
 ようやく、明るさに目がなれた。
 ティンバロが立っているのは、調えられた室であった。しかも、かなり広い。真ん中にあるのが、少女がさっきまで奏でていたハープだろう……
「適当に、かけてちょうだい」
 言った少女をふりかえり、ティンバロははじめてその容貌をはっきりと見た。
(うーん、芙蓉よりは一段劣るけどな。……って、こりゃ較べる相手がわるいや。でも、ちゃんと美人のうちには入る顔だな)
 と、ティンバロはなんとも失礼なことを考えた。
 少女の顔も姿も、こじんまりとした、という形容が一番あてはまりそうだった。そして、声と同様、はかなげでかぼそくもある。すきとおるような肌の色と、一見黒いのに、光があたると亜麻色に透ける髪、青みを帯びてみえる瞳も、その印象の一因だろう。淡い青灰の衣に、銀糸のふちどりのある黒いローブをはおっていた。
(きらいなタイプじゃねえ)
 好き嫌いを別にしても、芙蓉ほど物騒でないのはたしかである。ティンバロは、勧められるまま手近な椅子に腰かけた。
 香らしい匂いのただよう室内を、彼はさらに見回した。さっき入ってきたところは、こちらから見れば石造りの巨大な扉だった。最前、開きかたから扉を連想したのは間違いではなかったのだ。非力な少女ひとりでも開けられたのは、いくつか滑車がついていて、単純な蝶番よりも簡単に開くような仕組みがあるらしかった。
 四方の壁も基本的には石造りだが、色鮮やかなタペストリや壁飾りのおかげで、寒々しくはない。
「あなたは、どうしてこのような場所へ?」
 ティンバロのすぐ近くの椅子に腰をおろして、少女が訊いた。
「話せば……長いんだよな」
 どこから話すべきか?
 迷いつつ、彼は何とはなく、タペストリの模様をながめた。隣では少女が、砂蜘蛛サラサーンを指にとまらせて?小声で何やら話しかけてやっている。砂蜘蛛のほうはいきおいよくジャンプして、ティンバロの身体へ跳びうつり、指定席とばかり頭の上に落ち着いてしまったが。
「まあ――あなた、サラサーンにずいぶん懐かれているのね」
 少女が含み笑いをもらす。
 そんな笑いかたをすると、彼女はかたい蕾がほどけたときのように華やかで、なまめいてさえ見えた。少なからぬ男が、たちまちにして魂を奪われそうな笑顔だが、このとき、ティンバロはそちらに顔を向けながら、半分もその魅力に気付いてはいない。
 彼はただ、蒼白になってあえいだ。
「あんた……何者なんだ?」
 タペストリの模様は、蛇であり、蜘蛛であり、蠍であり、蜈蚣であり、蛤蟇であった!
「まさか……五毒……」
「気付いて、しまったのね」
 少女は哀しげにうなだれた。

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