飛剣跳刀 72
ただ、彼を悩ませだしたのは――飢え、さらにそれにまさる渇きだった。
夜営地に放り出したままの荷物のほかに、彼は身から離さずもっている携帯食があった。古賀秘伝の忍者食であるが、うち、凝露丸(ぎょうろがん)は口中の渇きをいやすものだ。……が、もちろん、水のかわりになるものではない。
唾の湧出をうながす薬草成分をふくむから当座はしのげるが、やがてそれ以前にまさる渇きが襲ってくる。五つめを口にいれたときにはもう唾すらも湧かなくなって、城太郎は咳こんだ。歩くどころか、立っていることさえできそうにない。
地べたに座り込み、そっとニルウィスの息をたしかめると、彼女は穏やかな息で寝入っているらしい。――が、いつから?
最後に失神させたのはいつか、城太郎に正確な記憶はない。だが、これまではしょっちゅう覚めてはあらぬことを口走っていた気がする……それがこう、長く眠っているのは、彼女もまた、その体力が尽きかけているのだ。
しばらくすると、猛烈な眠気が襲ってきた。同時に、心地よくさえ感じられる倦怠感が全身をひたす。
……すべては、夢ではないか。
……寝て、起きれば、いつもどおり飛衛も、芙蓉もそばにいて、また砂漠を横断する一日が始まるのではないか。
そんな思いが、うかんだ。
「……芙蓉」
ふと、頬をなでられた感触があって、彼はつぶやいた。
「どうして、ここに……」
答えは、ない。かわりに、さらさらと水の流れるような音がした。
「水――?」
一瞬、どうしてそんな音が聞こえるのかと混迷に陥った城太郎だが、すぐにはっとした。
とたんに、感覚が鮮明になる。
彼はいつの間にか、横倒しに倒れ込んでうつらうつらしていたらしい。すぐ横にニルウィスも眠っていて、吐息にゆれる髪が彼の頬をくすぐっていた。
だが――まだ、水の音は聞こえる!
まだ、どころか、むしろさっきよりはっきり聞こえるくらいだ。やはり、一瞬意識が朦朧としていたらしい。なぜ今まで気付かなかったかと思うほど、それはごく近い音だった。
「起きろ! 起きてくれ!」
興奮のあまり、彼はかすれ声をふりしぼってニルウィスをよびたて、ゆすぶった。
「水だ! 助かるぞ!」
「……なぁに?」
と、しばらくして寝ぼけた声が応じた。
「水があるんだよ!」
「あーら、そう……わたし、眠いの。わかったから、寝かせてよ……」
「だめだ! 寝るな――眠ると死ぬぞ!」
「なによ……ここは、雪山じゃ、ないのよ。もうちょっと――気のきいた台詞ってないの? あんまり……ありきたりな起こしかた、しないで……」
「そ、そうかも」