飛剣跳刀 70
ニルウィスは舌打ちをしたが、すぐにこらえきれなくなって噴き出した。
それをごまかすように、必要以上にぶっきらぼうに語りだす。家族のこと、店と商売のこと、ミン帝国のこと、シャリビアのこと、両国を往来する道中のこと……
城太郎は、彼女の話を聞きつつ、その手を牽いて黙々とあるく。いや、たまに相槌はうつが、それ以外はなにか、常人の五感にはとらえられぬものに意識を集中させているようだった。
おかげで、なんどか話を聞き逃して問い返し、もう恒例となった感のある「馬鹿」のせりふを頂戴した。
やがて、ニルウィスの話のたねもつきて、彼女は城太郎のことをあれこれ聞きほじりだした。もっとも、城太郎の語りといったら、口調は重いし、間延びしているし、要領をえないことさえあるし、さっぱり面白くない。
だが、ニルウィスの口まで重くなってきたのは、そんなことが原因ではなく、ひたすら疲労のためだった。城太郎は平気な様子だから、足ばかりはそれでも必死で動かして、遅れをとるまいとする。そんな彼女の様子に気付かぬ城太郎の鈍感さは、彼女のプライドにとっては幸いであり、肉体にとっては不幸であった。
どれくらいたったか、判らない。
「ねえ……水の音がしない?」
ニルウィスが囁いた。
「え」
城太郎はぎくりと立ち止まった。彼の耳には何も聞こえていなかったからだ。
城太郎は、頭をいえばむしろ凡人以下だが、動物的な感覚は忍者でもまれなほど鋭い。その彼に何も聞こえないなら、常人たるニルウィスには、ましてや何らも聞こえるはずがなかった。
だから、そんなはずはない――といいかけて、ニルウィスのかすれ声に先を越された。
「私……思い出したの」
「何を?」
「マルゼロだったかしら、前、話してくれたのよ…地下の道は水がつくった……それが何かのきっかけで水が通らなくなったんだって――ねえ、だからあの水の音は……」
城太郎は、眼をぱちくりさせた。依然、水音など聞こえない。
ニルウィスは喘ぐように続けた。
「水のあるところに行ったら、思いっきり飲んで…それから流れをたどっていくと、地上に出るの……」
「あっ、そうか!」
城太郎は叫んだ。
オアシスの水源は、川ではない。水は地下から湧きだしている。ということは、地下に水の通り道があるはずではないか。
ならば、ニルウィスが聞いたという話は、十分理解できる……
ニルウィスがくすくす笑い出した。
「水よ、水よ……あら見て、あっちが明るいわ……出口じゃないの……?」
声がしゃがれているのは、半日以上も飲まず食わずで歩きっぱなしなのだから、仕方がない。
だが、それより、異様な響きに城太郎はぎょっとした。ニルウィスはうわっついた調子で、あらぬことを口走っている――正気を失いつつあることのあらわれではないか。
「ちょっ…ちょっと、おい、大丈夫か?」