飛剣跳刀 68
それでも、ここまでは月光ぼんやりと反射していたためか、おぼろげに壁面は見分けられていたのだが、それももはや限界だった。そして、ここまでの完全な闇は、人に恐怖をもたらすものだ。
「ん?」
と、その恐怖など感じておらぬかのように、城太郎。
「平気なら……あんたが先に行ってよ」
「え? だって俺――」
「怖いの?」
「いや、べつに。でも……」
「なにが、『でも』よ、男でしょっ!」
「うん……」
明らかに、城太郎は「男」を単なる性別上の区分と聞いている。――と、それはともかく。
数歩進んでみて、また城太郎は立ち止まった。
「あのさ、俺――どっちに行くべきか、さっぱり思いつかないんだけど」
ニルウィスは鼻を鳴らして、答えた。
「私もだって、よ」
「え…ええっ」
城太郎が、心底仰天したように、息を呑む。
「なに驚いてんのよ、当然でしょ。私は地下にこういう路があるのは知ってるけど、入ったことがあるのは龍王窟のそばのものだけ。ここへは一度も来たことはないわ」
「う〜……」
城太郎はヘンな唸り声を発して、
「じゃあ、その……ここまでの路は、どうやって……?」
そう訊くのは、何度かあった分かれ道でも、ニルウィスがあまり迷わずどちらか選んで進んできていたからで。
「さっきの場所――丁霊龍の悪魔がいた場所から、できるだけ離れたかっただけ」
と、ニルウィス。
「あー、そうか」
城太郎はまた唸って、考えこんだ。
彼としては、これ以上わけのわからない迷路に入りこまず、今のところまだ正常な方向感覚をたよりに、できればもとの場所へ引き返したかった。
が、ニルウィスが「戻りたくない」というだろうのは、城太郎にもいまの言葉で察せられる。
「うん、そうか――じゃあ」
ひとつ、頷いて、それから甚だ彼らしい決断をした。
「きみ、どっちに行きたい?」
ニルウィスに訊いたのである。
「どっち、……って、もう、この馬鹿! 頼るんじゃなかった」
愛想をつかし、憤って、暗闇への恐怖も忘れて城太郎の手をふりはらうと、くるりと向きをかえて去りかけた。直前、
「わ、あぶない」
声と同時にのびてきた城太郎の手に、両肩つかまれて引きとめられたが。
「なによ!」
噛み付くと、相手は間延びした口調で答える。
「そっちは……壁だよ。歩いていったら、ぶつかる」
「………」
これには、ニルウィスの憤りの炎もすっかり水をかけられて、鎮火した。
かわりに彼女の心を充たしたのは、恐怖と驚愕である。
恐怖は、暗闇へのそれが再び襲ってきたものだが――
「あ……あんた、見えるの?」
驚愕のほうは、それだ。