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飛剣跳刀
その他リレー小説 - ファンタジー

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飛剣跳刀 59

 ――毒を、しぼり出している!
 考えて、ティンバロは愕然とした。そんなばかな、という思いもあるし、それが事実と認めた上で、こいつはいったい人か魔物か、という慄きもある。
 実際のことをいえば――丁霊龍はまさしく、蜘蛛の毒をしぼり出しているのだ。が、そんな真似をするのは決して彼が人知を超えた魔物であるからではない。
 彼の学んだミンの武術においては、身体の内なる力を重視する。つまり「気」の力だが、それを操る修練を積めば、ある程度、本来の流れに逆行させることすら可能になる。
 丁霊龍はいま、血中の毒を気息の流れる経脈に取り込み、さらにそれを逆行させて、傷口から再び体外に出しているのであった。
 とはいえ、これは実のところ危険きわまりない行為で、経脈を逆行させているときに外部から刺激を与えられると、毒が再び回るのはもちろん、引き伸ばされたバネがはねかえるがごとく、逆行を強いられた気息がどっと勢いを増して正常な向きに流れだすのに、経脈そのものが損傷しかねない。丁霊龍の目前にはティンバロがいて、いつでも「外部からの刺激」となりうるのだ。
 もっとも、丁霊龍には、噛まれた指先の痺れ具合、全身への回り具合から、これが一刻も早く体外に出さねばならぬ猛毒とわかっていて、他に選択の余地はなかった。また、ティンバロもミンの武術のそんな深遠な道理を知るはずがないという思いもあった。で、とにかく毒を駆逐するのを優先したのだ。
 百も数えたころ、ティンバロはそろそろと丁霊龍から離れてゆき、背後にあった背丈ほどの横穴に飛び込んだ。……落ちた竪穴に続くほうではない、どこへ続くとも知れない、ひたすら暗がりへ続くほうへ。
 まさか、今の一瞬、自分が丁霊龍の命を握っていたのを、みすみす見逃したのだとは、彼は夢にも知らない。



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