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飛剣跳刀
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飛剣跳刀 56

この時、草と木を掻き分けかきわけ、自分たちでは必死だがはたから見ればえっちらおっちら、どちらかというと滑稽な格好で進む二人は、あることを失念していた。
もっとも、ティンバロはもとから知らぬことだが。
――このオアシスで、さして時をおかぬ前、牙月城太郎と燕雪衣の弟子ニルウィスが、地面に忽然と口をあけていた穴へ落ちた。つまりそれは、このオアシスがそういう所だということを示している。
要は、そんな穴が一つあったからには、このオアシスには穴ないし地面の薄い部分があちこちにあってもおかしくはないのだ。――
「うぐっ…」
突如背後にあがった妙な声に、ティンバロは振り向いた。
丁霊龍の姿が、消滅している?
――いや、ばかな。彼は自分で首を振った。あの厄介なやつが消滅してくれるならどんなに嬉しいか知れないが、そういう奇跡をやすやすと信じられるほど甘い人生は、彼は送ってきていない。
だから、丁霊龍は転んだものとしたティンバロの推測は、この場合丁霊龍の足取りを考慮すれば、きわめて当然だ。
とっさに、ティンバロは引き返している。片手に、短刀を抜いて。
殺気のある相手に追われたら、殺られる前に殺る!
…ところが、ティンバロの目に丁霊龍の姿は入って来なかった。
かわりに彼が発見したのは、一つの穴だ。
「こんなの…あったかな?」
人を飲み込むには十分な大きさながら――実際、丁霊龍はそこへ落ちたのだろうとも思うが――、それがやっとという大きさで、しかも草の葉の陰になっているから、あまり目につきやすい穴ともいえない。
知らずしらず跳びこしていたのなら、けっこう自分も危ないところだったと、ティンバロは今更の冷や汗を流した。
じんわりと笑いが込み上げてきたのは、そのあとからだ。
「ざまぁ見ろ!てめえなんざが、この俺を捕まえられるかってんだ、こんな穴に落ちやがって、…いや、でも俺にブッスリやられなかったのだけは、てめえもくそったれな運が好いや、それに感謝して、その穴の中で、大人しくくたばっちまえ!」
心臓を縮み上がらせられたせめてもの仕返しに、喚きたいだけわめくと、短刀を弄びつつそびらを返した。
丁霊龍から逃れた嬉しさのあまり、そいつを飲み込んだ穴についてよく考えなかったのは、次に起こることを思えば皮肉というべきか。
このような場合にありがちなことだが、あ、と思ったときにはすでに遅かった。
地面はたしかに踏んだのに、体重をかけたとたん、身体は宙に浮いていた。
「うわちゃたたたた…!」
けたたましい声は、ほかならぬティンバロ自身のもの。丁霊龍より元気だったぶん、数倍も騒々しい。
「…あつうっ!」
喚き声はすぐに、悲鳴にかわった。
――どれほど深くまで落ちるかと身構えていたティンバロの案に反して、すぐに底で尻をうったのだ。もっとも、はい上がるのにはちょっと難しい深さではある上、ご丁寧に形は逆じょうご型の穴である。

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