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飛剣跳刀
その他リレー小説 - ファンタジー

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飛剣跳刀 55

そう、芙蓉との一戦が、丁霊龍を狂乱させていた。――あまりの憤怒に!
一番大きな理由は己の腕だ。丁霊龍は、芙蓉が去ったあとをほとんど記憶してはいなかったが、腕の痛みで正気づいた。
片腕が、付け根から消滅していた。――芙蓉に見舞われた毒がまわったあまりの激痛に、己で引きちぎったらしい。
もはや、天の果て、地の果てまでも芙蓉を追って八つ裂きにせねば気がすまぬ。同時に、己の無様な姿を見た者もこの先活かしておくまい。
人を見れば人を殺し、鬼を見れば鬼を殺す!
なに、今までにもそれに近いことをしてはいたが。
――ティンバロは、丁霊龍が猛然と跳躍してくるのを見た。無事な片手が指を鈎のように曲げた形でのびてくる。たとえ片手であろうが、こいつの手は並の人間が握った刀槍剣戟よりもはるかに恐ろしい。爪が鬼哭にも似た風音をあげて迫った。
…が、ティンバロが丁霊龍にでくわしたのはたしかに不運だが、さりとて彼の幸運はつきたわけでもなかったらしい。瞬間に、彼の身体は横転にちかい動きではあるものの、何とか丁霊龍の爪をかわしていたのだ。旅に出るまで後ろ暗い生活を送っていた中で身についた防御本能が無意識に働いた結果である。
身体がうごくと、それが無意識であれ、つられて頭もうごきだすものだ。
空を切った丁霊龍の爪を見た刹那、ティンバロの脳裏に髑髏がうかんだ。飛衛が持っていた――指で穴をあけられたかのような痕のついた髑髏。あれは…?
「死ね!逃げおおせられると思うのか!」
丁霊龍の、ほとんど呪詛のような喚き。
燕雪衣がいたら驚いたろう。丁霊龍はふだん、大声で喚きたてる男ではない。凶悪な風貌に反して、物腰はむしろ穏やかだ。――殺しのときですら。
むろん、これは丁霊龍が正気を失いつつある表明だが。
それはともかくとして、死ねといわれて死ぬ人間は少ない。ティンバロも例にもれなかった。
「逃げおおせてやらあ!」
叫びかえすなり、また襲ってきた『鉄爪龍』の鉄爪を、身を縮めてやり過ごす。爪はかわりに人の胴ほど太さのある木にドスッと突き刺さり、勢いで丁霊龍の指の股までが幹に埋没した。
そのまま、抜けなくなってくれ――ティンバロは祈ったが、まばたきの間に、木の幹は指の刺さったところからぼきりと折れてしまっている。
舌を巻きつつ、ティンバロは確信した。…こいつが、髑髏に穴をあけたのだ!
「冗談じゃねえや、くそったれ!」
転がるように駆け出したティンバロは、わざと潅木のしげったあたりへ飛び込む。同じ目にあえば、たいがいの者は動転して気がまわらなくかるだろうが、目敏いうえ図太い彼は、一目で丁霊龍の足元があやうげなのを見てとっている。わざと、足元の不確かなところを選んだのだ。
――それはそうと、丁霊龍の足がふらついているのは失血のためであった。半失神のまま、己の腕をひきちぎり、血止めもしていないのだから無理もない。多少は内力の豊かさで保っているが、ほとんど、憤怒だけで動いているのだ。

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