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飛剣跳刀
その他リレー小説 - ファンタジー

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飛剣跳刀 54

「何をたくらんでるのよ」
「たくらむとは、人聞きが悪い」
芙蓉の言葉に、いくらか憮然たる飛衛の答え。
「…雪衣どのと一緒なら、そこの楽器の持ち主と万一出くわした場合、展開がいささかでもマシになろうが。…うん?なんだその目は」
「…センセのいくじなし」
二人の会話は、当然、対象を丁霊龍としている。
「と、いうわけではないが」
芙蓉の批難に飛衛は平然としてあごをなでつつ、
「俺は、面倒くさいよ、そんなただでさえとんでもない奴の、しかも手負いとやりあうなど」
くるり、と燕雪衣のほうへ身体の向きを戻した。
「と、いうことでよろしいか?」
「好きにすればいいじゃないか。わたしに聞いて、どうしようっていうのさ」
…なに、声をひそめた飛衛と芙蓉のやりとりだったが、距離が距離だからまるきりつつぬけだったのである。
また、だからこそ可能な燕雪衣のいらえだったのだが、飛衛はちょっと困った顔になった。
「その…おぬしをこっちの都合で連れまわすわけではないのだ、だから…」
説明しかけたが、どうにも歯切れが悪い。
「センセ、何を口の中で呟いてんのよ。異論なしなら、早く牛を捜しに行けばいいわ」
芙蓉のほうがかえってこだわらずにいい放った。


喘ぎ。…いや、唸り声?
ティンバロは立ちどまった。ほとんど、自分の意志ではない。その音を聞いたとたんに全身を悪寒がはしって、棒立ちになっていたのだ。
獣?
違う、これは、人の声だ。これまでにも聞いたことがある。これは人の苦悶の呻きに違いない。
ティンバロは思わず、鋭く息を吸い込んでいる。――湧きあがってきた恐怖のために。
不審なことが多すぎる中で同じ目にあえば、誰だっておぞけをふるう。
彼の不幸は――
そこに倒れていたやつが手負いの獣よりよっぽど厄介だったことだ。
手負いの龍。
丁霊龍だ。…とは、むろんティンバロの知った話ではない。また、知っていたところでどうなるわけでもない。
第一、ティンバロが丁霊龍に気付くと同時に丁霊龍もティンバロに気付いてあげた、その双眸の光のものすごさは、他のことを考えるどころではなかった。
丁霊龍の纏っているのは破れて濡れそぼった黒衣だが、この男、この場合にかぎって、その恰好は滑稽でみすぼらしいどころか、見る者の身の毛をよだてる凄愴さとおぞましさを際立たせていた。
丁霊龍が、ふらりと身を起こす。ティンバロは、はっと息をのんだ。
――気位の高いやつほど、それを傷つけられたとき狂乱する。
丁霊龍はたしかにその種の人間だった。…己の技をたのんでミン帝国の武芸者連中をふるえあがらせ、やがて惚れた女と武芸のさらなる修練のために砂漠に居をかまえた。断じて、仇がたきから逃れるためではない。砂漠に漂う無情と酷薄を好んだからだ。
…いままで、敗北したこともなければ敗北した姿を他人にさらしたこともない。
芙蓉と一戦交えるまでは!
相手が少女であったゆえに油断した結果とは思わない。いや、己に対しての弁解する理性など、頭からすでに去っている。

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