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飛剣跳刀
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飛剣跳刀 52

と、不意に燕雪衣はその雪白の衣をはらった。…とはいえ、逃げる気配はみせず、
「それ以上の用がないなら、わたしは行くよ」
そっけない言葉ながら、一応の了解をえようとすらした。もっとも、単にまた騒ぎがおこっては面倒だからというだけの理由かもしれない。
「おいおい」
飛衛が面食らった声をあげた。
「おぬし、そのまま行ってよいのか」
…それが禁止というより気遣いを示した言葉とは、さすがに燕雪衣といえ感じたらしい。
「……」
やや眉をひそめて、首をかしげた。飛衛を見る目は、多少珍獣を見る目にすら近い。
「いや、俺がいうのは…」
飛衛が、付け加えていいかけた。さっきの質問があまりに言葉がたりない、曖昧なものだったために、相手がとまどったものと解釈したのだ。
…が。たとえばこれが芙蓉との口喧嘩なら、いい返し、問い返すうまい言葉が見つからぬとて、彼女は沈黙しなかったろう。苦し紛れの場合にも、口を開いてみれば案外、出せる言葉は少なくないはずだ。
しかしいま、彼女が沈黙したのは――
やはり、とまどったのだ。ただし、飛衛の言葉にではなく、態度に。
…実際、無理らしからぬところはあって、この十年ばかり、彼女のそばにいたのは夫である丁霊龍をのぞいては敵、すなわち砂漠の盗賊へさしむけられた捕手か、あるいは獲物ばかりであった。そして、そいつらは、夫をも含めて、気遣いとは無縁の連中であった。
だから、つい言葉も忘れるほど驚きもし、子供が初めてあるものを見たときのように珍しがった。
しかも、彼女はその戸惑いの理由を自分で意識しなかった。ただ、心にふっと靄のさしたように感じて、それを不思議と思ったばかりであった。
だから――燕雪衣の沈黙はわずか数秒にすぎない。
「…俺がいうのは、つまり、こちらはいろいろと質問ぜめにしたが、おぬしは…」
飛衛の言葉を皆まで聞かず、
「そっちが勝手に質問があると決め付けたんじゃなかったかねえ」
「まあ、そうだが」
こう冷淡に返されては、飛衛もそう苦笑いするしかない。
苦笑いした飛衛は、しかしそこで突如、
「おう!」
と低く叫んだ。
「芙蓉、なるほど、あの牛は無事らしいということか」
「そうよ、センセの頭も牛並だけど、もう一頭も無事らしいってこと。よかったわねえ、仲間が無事で」
これだけ聞けばなんのことやらだが、…飛衛は、燕雪衣に質問したそもそもの動機を思い出したのである。牛とはむろん?城太郎だが、燕雪衣の回答から考えるに、いかにも、パーティの野営地にいなかったのだから無事と思われる。

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