飛剣跳刀 35
更に望ましくない事態が起こる。芙蓉が去っていった方角から爆音が聞こえたのだ。
「・・・!!」
音を聞くやいなや城太郎はきびすを返して走り出す。
「・・・やれやれ」
ふぅっと息を吐き、肩をすくめる。
「こっちも“恋する乙女”というところかな」
「悠長に構えてる場合かよ!」
後ろからティンバロが怒鳴る。
「場合だな」
「はぁっ!?」
「よっぽどの相手でない限り、芙蓉に歯の立つ者はいない」
しれっとして飛衛が言い放つ。
「その辺を考えないのが、我が弟子の分析力不足だな。・・・いや、恋は盲目ってことか?
いったん言葉を切り
「さぁ行くか」
走り出す。
「えっ?今、行かないみたいなこと言ってたじゃねーか?」
ティンバロも慌てて後に続く。
「面白そうなことに首を突っ込むのが趣味なんでな」
「ダンナ、長生きできねーぜ」
ティンバロの皮肉に、飛衛は苦笑して答える。
「そうかもな」
走りながらティンバロが思い出したように言う。
「でもそーゆー性分ならさっきの礼はいらねえか」
ティンバロを殺そうとした芙蓉を止めたことだ。
「いや、貸し借りにはうるさい方でな。恩返しを期待してるぞ」
「ははっ。抜け目ねぇなぁ」
それにしても…外から眺めたときからわかっていたことながら、けっこう巨大なオアシスらしい。やや奥に入れば、かなりの大きさに育った木々が茂っている。遠く、水源らしい音も響いてくる。そこで、
「すごいな」
愕然と飛衛が呟いた。
「…何も見えねえし」
ティンバロも同じく。
と、いうのも。二人が示し合わせたように立ち止まった数歩先からは、夜目にも白く霧に覆われていたのである。かすかに、没薬にもにた香りが漂ってくる。
「近付くなよ」
何か、思い当たることがある顔付きで、飛衛はティンバロを抑えた。
「さっきの爆音は、この仕掛けだな」
「…近付くなって、その理由は?」
「この霧、たくさん吸い込めば方向感覚を失うぞ。というより、躰の平衡もおかしくなるからな、気を付けろ。飯賀忍法だ」
飛衛自身は忍法の技を会得しているわけでもないものの、血筋からいえば忍者のはずの城太郎を弟子に押し付けられたこともあるくらいだから、隠れ里の者たちと、多少以上の付き合いはあった。だから、忍法の中で一般的、かつ知られたところでたやすく解けるものでもないと当人らが判断した技については、おぼろながらに知識を得ている。
「しかし、困ったな。これでは見物もできん」
困り方が、どうも違う。が、それについては、ティンバロもすでに突っ込みあきていて、口を開いたのは別のことに関してだ。
「…あのアホ、走って行って真っ直ぐこれに飛込んだんじゃあ」
飛衛はちょっと首を傾げてから、
「いや、あいつのアホはそんな意味のアホとは少し違う。それは、ない…と、思う」
「なら、俺たちより先に行ったのに、どうしてぶつからないんだ?」
「そりゃ、わからん」
と、本当に分からぬ顔で、飛衛はいう。いつもの無精とは少し違うようだった。