飛剣跳刀 4
はたして、矢はピタリと止んだ。
「ほーら、止まった。俺のごとく、怪しげなのにくっつかれても困るが、お前に死なれるのも困るんだな」
「だったら先にいえっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐティンバロの声を、
「ぎゃあっ!」
明らかに断末魔の絶叫がさえぎった。
「…矢が止まったのは俺の読みが当たったのと違って、向さんの都合かな」
飛衛の呟きをよそに、断末魔の声は続け様に響いている…
耳を覆いたくなるような数十秒であった。
「15、16、…」
いつごろからか、飛衛がその数を数えている。
「なんで数える!?」
ティンバロの言葉はツッコミ半分驚愕半分だ。
「何人につけられてたか、気にならんのか」
「気になる、気になるけど、微妙に焦点ズレてる!普通、そんだけの人数殺ったのは誰かって話になるだろ」
「そうかな」
そこへ、声がかかった。玉を転がすような、可憐な声が。
「こんにちは、楊生先生」
まだ、14、5歳のような幼さが残っている。飛衛がうめいた。
「芙蓉(はちす)…お前か」
「なにそれ、ウンザリしたみたいに」
不服の声と一緒に、ほとんど音もなく、一人の少女が眼の前に着地した。血の色を透かせた雪の膚、精緻な細工も及ばぬ端麗な美貌、ことに黒眼がちな杏仁型の双眸と花弁にも似た唇に、まぶしいまでの生気が溢れている。
しかし、ティンバロは、素直に感嘆する気にはなれなかった。なぜなら、その顔にかかる漆黒の髪を払った繊手、それに斑々と散っている赤いものは…
ティンバロの視線に気付いた芙蓉が、自分の手に目をやって、
「やだ、きたないっ!」
と声をあげる。「ほーう、やっぱり、奴らをやったのはお前か」
飛衛の、呆れたといった呟き。芙蓉が、口を尖らせた。
「悪いの?だってあいつら、あたしの邪魔したのよ」
邪魔だから残らず血祭りにあげるというのは、どう考えたって一般的理屈ではないが、芙蓉にとっては当然らしい。
「ところでセーンセ、なによその笠」
芙蓉が手をひらりと伸ばして、飛衛の笠を奪い取ろうとする。
「うわっ、よせ!この眼を見た奴が色々訊いてきたら面倒ではないか」
しょうもない理由で目元を隠していた笠が、しかし奪われた後、現れたのはピタリと閉じた一眼、そして常人に増して炯々たる隻眼であった。