飛剣跳刀 22
ロンドはまだ生きてはいたが、外界に対する判断が全く失われたもののように茫然としている。
「…何の、つもりだ」
マルゼロはいったが、質問したというよりうめいたに近かった。
「殺すつもり」
黒衣の男は平然と返答した。
「妻が先にそちらの御意向を伺いに参ったはずだが、どうやら命がいらぬようだからな」 冷笑、嘲笑、この二つの表現に、これほど似つかわしい笑顔もあるまい。
そのくせ、わざとらしい、ヤレヤレというような溜め息をついて、
「まあ、この丁霊龍は他人を殺るのにわざわざ苦しめてから…という悪趣味は持ち併せていないのでね。その点ばかりは、安心していただいて一向、差し支えはない」
低く笑った。
「なんとなれば…いま、試してさしあげようか。最初からそのつもりでこいつを捕まえたんだがね。よろしいか?数えてみられよ、こいつが死ぬのにどれほどかかるか?」
いうや否や、手が閃いた!五指を鈎のように曲げて、ロンドの頭部に掴みかかったのである。
砂利をこする音と、ゼラチン質を砕く音が混じったような音がした。
視覚的には、豆腐に指を突っ込んだようなあっけなさで、男の五指はロンドの頭骨に穴をあけていたのである。
「どうだ、見たか?」
血肉と脳醤の糸を引いて、彼は指を引き抜いた。
「苦しむ暇はないだろうが?…うん?」
鯨の遠吠えみたいな声が沸き起こった。誰から、というわけではない。圧倒的な恐怖にうたれつつ、無意識下で逃るるべからざることを悟って、一斉に逆上とでもいうべき反撃にでたのである。
風のごとく唸りをあげて迫る乱刃の群れ、その先頭の湾刀を、男は掌で受けた。とたんに、…カン!と金属同士にすら近い音を立て、白刃は弾かれている。衝撃で切りつけた方の指の股は裂け、撥ね返った刀の背がそいつの額をかち割った。
ぶつかったのは背であるのに、刀身は鼻の半ばあたりまで食い込んでいるのである。…むろん即死だ。
男はそれも確かめる様子もなく、続けざまの斬撃を手を翻しては撥ね返し、掴み折り、奪い取る。奪い取った刀を向きはそのまま突き返して、柄のほうをを額に、胸にめり込ませる。或は鈎にした五指を頭蓋に突き刺し、そのまま頭ごと引き抜くと、勢いをかって別の奴に投げつける。たちまち、受けた奴が血を噴いてふっっんだ。