飛剣跳刀 21
──まさに、そのとき。
マルゼロの方に振り返った者の顔は、一様にひきつった。見たものを信じがたい、恐怖の極致といった表情。
マルゼロも立ち止まった。彼の場合は、その耳に名状しがたい音を聞いたためである。
ロンドもまた、背後の異変を感じて振り返り…その喉が異様な音をたてた。叫びたくても声が出ないときに、よくこんな音が出る。
「グ…グリシダ…?」
グリシダは、棒立ちになっていた。だが、双眸はうつろに見開かれ…口の端から細く赤い筋をひいていた。
が、それすらも、気付くのはしばらく見つめた後に違いない。同じ色に染まっていても、まず目を引くのは胸元のほかにはないからだ。
──穴!
赤々と、巨大に…もっとも、よく見ればそれは掌大がいいところであったはずだが、とにかくそんな印象があった。
それも、穴というものがその名にふさわしい状況をグリシダの胸に作り出していたからかもしれない。
グリシダが、どうと倒れた。…それと、どちらが先か、
「があぁっ!」
吠えるような、しかし紛れもない悲鳴がおこった。悲鳴ならば、さっき女を囲んでからひっきりなしに聞こえているが、これは一段と凄惨無惨の響きがある。 その方角を見れば、女のすぐ近く、アザスの傍らに黒い疾風が舞ったところだ。
アザスの胸に、やはり鮮紅の穴があいている。一拍…おいて、くずおれる。愕然としつつ、
「新手だ、気を付けろ!」
マルゼロがよびかけた。それに、
「…気を付けて、どうなる?」
すぐ近くから、笑いすら含んだ返答があった。むろんマルゼロもギョッとしたが、それより更に驚いたに違いなく、しかし動くことも出来なくなったのはロンドであった。
黒、黒、漆黒に身を固めた人間が、それこそ影のように立っていた。
全身に黒い衣服を纏っているのももちろん、口元と頭部も黒布で巻いて、その結び目を顔の横で長々と垂らしていた。覗いている瞳も黒いが、猛禽…否、刃物に近い光を放っている。肌は、浅黒いようだ。──というのも、顔の方は覗いた部分が僅かである上、手の方はそれをべっとりと濡らしたものが元の色を覆いつくしていた。
…ポツ、とその液体が滴ったのは、ロンドの額──そいつは、片手をロンドの頭にあてがっているのだ。