飛剣跳刀 18
が…見定め難いその一瞬、あたかも風に追われた蝶にも似て、女は宙に跳んだのである。しかも、さらにそれを追う刀の平を蹴って、アザスの頭上を跳び越え…商隊の只中へ着地した。
「まずいっ、トガイ、リグス──旦那様とお嬢様を!」
マルゼロが叫ぶ。
しかし、女は背に長剣を負っているのを抜く素振りも見せず、かわりに、再び例の笛を唇にあてがった。見た目も美しい銀笛──やはり美しく、音色が響きだす。
あっけに取られた商隊の面々の耳を、ややあって別の音が打った。
…今度は、筝(そう)をつま弾く音だ。笛の繊細で微妙な音色に対し、こちらは力強く凶気すら含んで…。しかも、両者は絡み合い、相和して一つのもののように乱れがない。 マルゼロは、聴いているうちに、腹から、脳髄から、じぃんと痺れが広がってくるのを感じた。隣にいたイリウも同様らしく、ぐらりと躰を揺らすと、膝をついてしまった。
痺れに逆らって躰を動かそうとすると、体内の血液が逆流するような不快感を感じた。 ──これは、もしや。
マルゼロの脳裏に、ミン帝国で知り合いから聞いた話が浮かんだ。…内功、あるいは気功といったはずだ。目に見えぬ、しかし精神より肉体に因る力。その使い手となれば、肉を裂かずに骨を砕く、躰に触れずして腸を絶つ、などといったことさえしてのけるという。
今の場合、その内功の元となる力──内力といったか──は、筝の音色、笛の音色にのってこちらに届いているらしい。
…ならば。
ふと思い当たったマルゼロは、不快をこらえて耳を手で塞いだ。案の定、完全にとはいかないが、ずいぶん躰は動かしやすくなる。心中に頷いて、事はついでとばかり、マルゼロは足元に転がっていた…恐らく誰かの落とした固い革製のポーチを、女めがけて蹴飛ばした。
女は、まともに視線を向けたとも思われない。しかし、ポーチが顔のすれすれにまで迫ったとき、不意に凄まじい勢いで銀笛を旋回させると、あっけなくそれを弾き飛ばしてしまった。
が、ポーチの当たらなかった一方で、音色に乱れが起こったことも確かである。つられるように、遠い筝の音色も動揺する。
周囲で魂を抜かれたようになっていた私兵団の配下も、はっと意識を取り戻し…たちまち、湾刀を抜き連ねた。