泡沫の命を宿す者 3
「彼女は幸せになれるだろうか」
机に手をつき、縫いかけのパペットを阿片の腕の中から掬いあげてアルは言った。阿片に、ではなく、だれにともなく。
「人形は幸せになれるわ」
阿片もアルへの返答としてではなく、だれにともなく言う。
二人はしばし、長らくショーウィンドゥに飾られていた少女を想っていた。
白く清潔なテーブルクロス。中心にはキャンドルが点され、陰が揺れている。
その広いダイニングにはシャンデリアが吊され、壁の大きな暖炉は炎が踊っていた。しかしシャンデリアは光を纏うこともなく、キャンドルの仄かな光と暖炉の炎が、部屋をぽっかりと照らしている。月明かりはない。窓の外からは、嵐の轟々とした悲鳴が聞こえてくるのみだ。
テーブルには、男が座っていた。口髭を蓄えた初老の男だ。にび色のベストを着て、パイプをくわえている。
「さあ、改めて君を歓迎するとしよう」
男は乾杯をするようにワイングラスを掲げた。
彼の座る席の向かいには、少女が座らされている。栗色の髪に、フレアスカートの少女だ。
彼女は俯いたまま、男のほうを見ることもなく、また、出された料理に手をつけることもなく、足元に視線を投げていた。身動き一つも、瞬きすらしない。彼女の眼球は瞬きを必要としなかった。
微笑みに形作られたプラスチックの顔はピクリとも動かずに、胴体に繋がれた手足はだらりと垂れている。
男は物言わぬ少女に「乾杯」と言って、彼女の前に置かれたグラスに自分のグラスを軽くぶつけた。
蝋燭の炎が浮かび上がらせる二つの影。そのうちの一つは時折動作をし、もう一つは微動だにせず、二つは炎に揺れる。
雨はいよいよ勢いを増して、いつの間にか雷鳴までも響いていた。
「君の名前は、なんというんだい?」
ワインを飲み干して、男は少女にそう尋ねた。しかし、朱の絵の具で着色された彼女の口は、開かれることはない。
「私の名前はエヴァン。エヴァニー・エイトルドだ。君の名前は?」
男はもう一度尋ねる。
すると、ふいに少女が、それに反応するようにピクリと動いた。
「君の名前は?」
みたび、尋ねる。
少女の毛糸の髪がふわりと揺れた。
俯いていた首が微かに動く。そして、ゆっくりとそれが持ち上がり始めた。
影が少女に操られ、同じように動く。
男は、驚愕と感嘆の想いでそれに目を奪われていた。
動くはずのない首。無機物でのみ構成されたはずのそれが、今動いている。