泡沫の命を宿す者 5
『外?』
「いい天気だ。日の光を浴びるのもいいものだよ」
マリカはゆっくりと首を窓のほうへ向けた。
『日の光……』
「そうだ。食事を終えたら出かけよう」
焙煎されたコーヒーの香りが、ダイニングを包んでいる。男はそれから、黙々と朝食を終えると、一切手をつけられていないマリカの分の食器も下げた。
外は予想した通りの暖かな陽に満たされていた。
男の家の庭は、庭師を呼ばなくなってからは久しいものの、さほど荒れた様子はない。咲き誇る薔薇の花壇や並ぶ深緑樹のカーテンは、若干バランスを崩してはいるものの、まだその美しさを保っている。
男は自分の隣を歩くマリカに歩調を合わせて、ゆっくりとその庭を散策していた。
「どうだい。雨が続いていたから、太陽が心地いいだろう」
『はい。私は、雨が苦手です』
マリカは鍔の大きな麦わら帽子を被っていた。服も男の家に来る前に着ていたものではなく、白のワンピースになっている。
男がマリカに与えたものだ。サイズもデザインも、違和感はない。
『あれは、なんですか?』
ふいにマリカが、庭の隅にあった木製の器具を指し示して言った。
そこにあったのは、横たえた主軸から下がるゴンドラが振り子のように揺れる遊具、所謂ブランコである。
「あれは……ブランコ、というものだ」
『ブランコ』
鸚鵡返しをするマリカ。名称は理解したが、用途がわからないのだろう。まだ訝しげにブランコを見つめる。
「乗ってみるかい?」
『あれは乗り物なのですか。あそこから動くようには見えませんでした』
「ははは。違うよ、マリカ。あれは遊ぶための物だ」
『遊ぶ、ため』
男はマリカの手を引き、ブランコへと誘った。ゴンドラにマリカだけを乗せ、自分は外からゴンドラを押す。
『うわ、ああ……』
ぎいっと揺れるゴンドラの上で、マリカは転びそうになり、慌てた様子で手すりに捕まった。
『揺れました。これが、ブランコですか』
「そうだよ。楽しいかい?」
男の問いにマリカは一瞬言葉を止めた。
『楽しい……』
ブランコが揺れる。
はじめはゆっくりと小刻みだった振り子運動は、やがて幅を大きくし、スピードを持つようになる。自然の風と重なって、帽子の下のマリカの髪が靡いていた。
『はい。ブランコ、楽しい』
マリカの返事に、男は口元を緩ませた。
まるで、幼娘と戯れる父親のように。