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飛剣跳刀
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飛剣跳刀 48

 飛衛の両腕は、脇にダラリとさがっている。…彼とて、腕のほどは知らず一介の剣士には違いなかろうに、抜き身の剣が迫ってくるのにも、筋肉の緊張すらみせていない。そもそも、彼は剣尖をすら目に入れていないようであった。
 燕雪衣にも、それは分かった。──飛衛の目はまさしく彼女を向いているのだ。分からないほうがおかしい。そして、目が彼女に向いている以上、剣に対しては全くの無防備ということも。
 だがこのとき、破綻は剣の持ち主のほうにおこった。飛衛の隻眼…それとまともに視線があった瞬間、燕雪衣は不意に、全身に寒気を走らせた。相手がただ突っ立ったままである理由を悟ったのだ。
 この眼は、相手を逃さない。こんな眼をした人間がひと度手をだした場合と同様に。
 むやみに動かぬのは、すでにこちらの隙を見抜いているからだ。──この相手は未発にして、実におそるべき使い手だ。燕雪衣が悟ったのは、まさしくそれであった。
 もちろん、剣の繰り出される一瞬の間の思考だ。
 …つ、と飛衛の足先が踏み込みかけた。躰はやや斜になって、剣をもつ燕雪衣の手首を掴もうと手を伸ばす──が、そのとき。
「あっ?」
 燕雪衣が狼狽した声をあげた。同時にその躰が空中でバランスを失った。
「忍法、恋のしがらみ」
 含み笑いの声は、芙蓉のものだ。
「へぇ、忍法の名前が名前だから、ひっかからないと思ったんだけど。こんな妖婦でもひっかかるんだ」
 燕雪衣は、バランスを失ったまま着地したものの、一転して衝撃をやわらげ、片膝ついて剣を構えなおしている。
「小娘」
 ひくく呟いて、
「余計な口をたたかないことだね」
「たたいたら何かできるの?」
 薄笑いして、芙蓉が返した。燕雪衣が射殺しそうな眼をそれに注いだ。
「命が惜しくないのかい?」
 剣を振りかぶったが、とたんに、
「おいおい」
 にゅっと伸びてきた手に捕まえられた。
「芙蓉、俺より先にこいつをとっ捕まえたからどうだとはいわんが…喧嘩するためではなかろう?」
 と、その瞬間に、燕雪衣の手から長剣が離れた。落ちたのではない、手首をひねって中空に投げあげたのだ。
 意図を理解しかねて、飛衛の目はただぼんやりそれを追って…
「おっ?」
 次の一瞬、そんな声をあげてのけぞった。彼は燕雪衣の背後から彼女の剣を持っていた手首をつかまえていたのだが、そのとき、燕雪衣の躰は手首を支点に半回転した。繰り出された脚が、飛衛の顔を正面から襲う。
 実戦経験をつんだ飛衛にして、これには驚愕した。身軽さが、想像をはるかに越えている──ミン帝国の武芸のうち、軽功の絶技であった。
 からくも、飛衛はこれをかわした。しかし相手を捕まえていた手はゆるんで、燕雪衣を逃した。
「あ、センセのどじ」
 芙蓉が、どこかのんきに飛衛をなじる。…彼女自身、燕雪衣を空中で「恋のしがらみ」にかけてすぐ、それをといてしまったのだから、本来あまりえらそうにいえた義理ではないのだが。
 燕雪衣は、回転しつつ飛衛の頭上を飛び越し、一度地面を蹴って、今度は立木の幹に足をつく。そのまま、躰を水平に再び足をけった。
 驚くべきは、さっき飛ばされた剣も、このとき少し離れた地面で別方向に跳ね上がっていたことだ。…しかも、剣はまさに空中ですぽりと燕雪衣の手に収まったのである!

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