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飛剣跳刀
その他リレー小説 - ファンタジー

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飛剣跳刀 43

 舞い上がる──といって、通常の向きからいえば、より水中深くに潜った、というのが正しい。
 にも関わらず、芙蓉の動きは水中の、水の抵抗を受けた緩慢なものとは全く異なっていた。彼らの逆さ向きに焦点を合わせて書けば…
 芙蓉は、跳躍した頂点、丁霊龍の頭上で、互いの頭を付き合わせるような格好に躰を半転させて、そこで繊手を閃かせた。何も持っていなかったはずのその指先から、銀の礫のようなものが飛来した。忍法「泡礫(あわつぶて)」、名のとおり、己の生み出した泡を礫のごとく扱ったのだが──丁霊龍でなくても、想像の及ぶ域ではない。
 キラ、キラ、と…水面を透かした月光が、その泡を硬質な金属のように輝かせる。
 驚愕しつつ、丁霊龍は、片手をあげて遮った。だが、その動きは、芙蓉とは似てもつかぬほどのろい。ただし…間一髪、水泡が飛来してくるのに間に合いはした。その片手に激痛がはしる。水泡がまさにそう見えた金属の礫のごとく、肉を裂いたのだ。
 たちまち、錆びたような血の匂いが辺りの水に広がる。それよりも、拡散した血は、月光下の水中に、薄墨に似て…。
 が、芙蓉がこれで手を引くものか。こんな男に興味はないが、彼女自身の行動を邪魔されぬためには、是非とも動きの取れぬようにしておく必要がある。
 間を置かず、丁霊龍の背後の水面裏に〈着地〉した芙蓉は、半分身を捻るようにして両手を同じ方向から叩き付けた。しかも、その両手は空手ではない、いつの間にか、例の、「骨喰い虫」が着いているとティンバロに見せびらかした、物騒極まりない金属の爪ともみえる指輪型の武器をはめている。
 ──対する者がその武芸から「鉄爪龍」の異名をとる者であるのは運命の皮肉か。そしてこの場合、丁霊龍はようやく動きのカンを取り戻して、まさに芙蓉の指にはめた鉄爪と、「鉄爪龍」丁霊龍の手は正面から組み合った。
 そのまま力の勝負になれば、もとより芙蓉に勝ち目はない。
 …が、このとき芙蓉の頬に浮かんでいたのは氷のように冷然として、しかも愛らしさばかりは顔が同じだけに変わりようもない微笑であった。余裕のある証拠──彼女の目は確実に、自分と相手の体勢の違いを捉えている。そして、その体勢…具体的には振り返り具合いの違いによって、芙蓉が丁霊龍に使えるのは両手であり、丁霊龍が芙蓉に出せるのは片手であることを。
 そのうち、今、片手ずつが一瞬の小競り合いに取られて、丁霊龍が彼にもあらず──大部分は「竜宮めぐり」の術中であるためにせよ──無防備な体表をさらしたとき、芙蓉のもう一方の手から、流星のごとく空を、否、水を切ったものがあった!
 それは、芙蓉と渡り合う丁霊龍の腕に食い込んで、さながら五つの黒い穴を穿ったかに見えた。…その実、その位置に暗器が食い込んだのである。
 丁霊龍が絶叫した。口から足元へ、白く泡が立ち上る。その、意識の薄れかかった耳に、
「ごきげんよう」
 美しい、高く澄んだ少女の声が遠くなっていった…

「ふん、いい気味」
 と、湖畔で芙蓉は微笑した。そして、片手のみについていた武器をしまう。
「あいつに『鷲の爪』を持っていかれたのは惜しいけど」
 それが、例の爪様の武器の名らしかった。
「さてと、…──城太郎?…城太郎!」
 彼女は、声が聞こえたはずの辺りに戻っている。

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