魔術狩りを始めよう 29
呆けた様な若月に男性教師が苦笑交じりに教室から出て行った。
「どうやら午後の授業は受けたみたいだけど−−」
一人残されて自分の置かれている状態を確認する若月。しかし、それはやがて級友達に対する不満に変わる。
「−−だいたい施錠の時間まで教室に放置って、誰か声かけてくれたって良さそうなモノなのに−−」
そこまで言って或る思いが頭を過ぎる。
どうも最近周りが自分の事を避けている様な気が……
「はは、まさかねぇ……」
力無く自分に言い聞かせると極めて低いテンションで家路についた。
若月は夕日を浴びながら帰路を歩き、今日これからすることを考える。とは言ってもバイトは休みだし予定もなく、御刻からの電話が来るまではすることなど無いのだが。そして電話が来たら、またよく分からない話をするのだろう。そう思うと、なぜかため息が出た。
夕日に染まる街はいつもと変わりなく、道行く人も走る車も何事もなくどこかへと流れていく。しかし今日あるはずのこと、そして昨夜にあったことを考えると、自分が立っているこの場所がひどく薄っぺらい、頼りないモノのように感じてしまう。
平穏に見えるのは実は薄皮に描かれた偽物で、その裏にあるものを御刻は知っている。平素なら馬鹿な妄想だと思うのだろうが、昨日得たあの感覚が簡単には否定を許さない。そしておそらく今日も、彼女と関わるからにはさらに深くへと踏み込まなくてはならないのだ。
……ああ、だからか。
ようやくため息の理由に気が付いた。だから御刻からの電話に出ることにためらいがあるのだろう。
「……やだよなぁ」
肩を落としそんなことを考えていたら、意図せず独り言が漏れた。
「何が嫌なんだ?」
「うわっ!?」
突然背後からかけられた声に驚いて飛びのく若月。
「……大袈裟だな」
振り向くとそこには昨夜の女性−−石上御刻が民家の塀に寄り掛かる様にして立っていた。
「ど、どうして貴女がここに……っ!?」
「観崎の調査書に普段お前が帰宅時に使う道が載っていた」
成る程、あの奇人の仕業ですか。
そう諒解するのと同時に観崎の奇行に慣れ始めている自分が少し−−いやかなり憐れになってくる。
「あれ? でも確か電話するって観崎先輩は−−」
みなまで言わせず、御刻は懐から携帯を取り出し軽く振った。
「今の世には携帯電話というものがある。知らなかっただろう。覚えておけ」
「し、知ってますよ携帯ぐらい! ただいきなりだったから思いつかなかっただけでっ」
「突発的なことにも対応できなくては社会に出てから厳しいぞ。――出れるかは知らないがな」
「……今、オレの将来性をさらりと否定しませんでしたか?」
半眼でツッコミを入れるも無視された。きっと彼女の辞書には協調性という単語は無いに違いない。ついでに常識も。若月は心の中で涙した。