魔術狩りを始めよう 11
「そう、ですよね……」
それでも、自分にその『力』があれば、と考えてしまう。
「――まさかとは思うが、莫迦な事を考えるんじゃないぞ。そんな『力』を手に入れてみろ、それこそ『バケモノ』の領域だよ。二度とこちら側に戻って来れなくなる」
そうなったらこの手で『狩る』。女の眼はそう告げていた。これが彼女なりの優しさの形なのかもしれない、と思った時には、女は既に歩き出している。
「行くぞ、若月。あの魔術師を『狩る』」
「ええっ、まさか、今からですか?!」
「あれだけの規模のことをやったんだ、まだそう遠くまでは行っていないだろう」
「へぇ、そんなもんなんですか?」
「……気の抜けた返事だな。魔導書が相手かもしれないんだぞ」
「はぁ……って、ええっ!?」
つまりは、あの少女が魔導書だということだろう。
にわかには信じられないが、女の表情は真剣そのものだ。
「……ん、そう言えばまだ説明していなかったか? 歪みに深入りしすぎて精神を『あちら』に喰われ、異界の情報をばらまく体になった奴も魔導書と呼ぶのさ。だからお前も力に頼りすぎるなよ」
「わ、分かっています」
魔導書――その言葉に、初めて『それ』に触れてしまった時の記憶が甦り掛け、慌てて頭を振って打ち消す。
「でも、あの娘の分身は、今ので全部『修繕』しちゃいましたよね。後を尾(つ)ける訳にもいかないし、どうやって探すんです?」
その問いに、女は実に楽しそうな笑みを浮かべた。
「この私を誰だと思っている? 手掛かりは既にここにある」
こんこん、と自分の頭を指し示す。
「……おつむてんてん」
更けていく夜に、若月の悲鳴が木霊した。
数刻後、二人の姿は先程の場所から少し離れたバス停にあった。女が記憶していたバスの定期から、路線の近くで昨日の少女が通っていそうな学校を探すのである。
「今日は英単語の小テストが……」
と未練がましく言っていた若月は、後ろの席で沈んでいる。
「いちいち五月蝿い奴だな。小テストぐらい受けなくとも、別に命に関わるわけではないだろ」
「……それはそうなんですけど……」
眠気も手伝って、すっかり覇気の無くなった若月。
このままでは足手まといになりかねないので、仕方なしに振り向くと、
「確かに、お前には悪いとは思っているよ。しかし、お前がパートナーとして頑張ってくれているからこそ、こんな無茶を続けられるんだ。――だから、もう少し私の我儘に付き合ってはくれないか、優秀な若月くん」
途中、何回か笑いそうになったのを堪えて言う。
この言葉は効果覿面だった。ぐったりしていた背筋はしゃんと伸び、とろんと溶けそうだった眼はしっかりと開いている。
「そ、そうですか? そうですよね。フ、フフフ、そういう事なら付き合おうじゃありませんか。ええもう、徹夜の一日くらい何でもありませんとも!」
ぐっ、とガッツポーズまでしてみせる。うんうんと頷きながら、女は内心溜息をついた。
(男というのは、どうしてこうまで扱いやすいのだろうか……)
とりあえず、士気を確保するという当面の目標は達成できたので、再び窓の外へと眼を向ける。
何分、現在午前5時過ぎである。人通りはゼロに等しいので、それに惑わされることはないといえるだろう。