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魔術狩りを始めよう
その他リレー小説 - ファンタジー

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魔術狩りを始めよう 10


彼は走っていた
美しきパートナーの為に
「(間にあってくれ……頼む)」
息が上がり、血が流れ、体は脱力感に包まれている
それでも彼は一心に走り続けた

――ドクン――
再び鼓動が早くなる

若月が“そこ”に着いた時、辺りにはむせ返る様な血の匂いが漂っていた
「遅かったな、若月……こっちはもう、終わったぞ」
女は若月に向き直ると手にしたモノを投げ捨てる
“それ”は地面とぶつかりドチャリと湿った音をたてた
糸が切れた様に崩れ落ちる若月
「う、あ、あぁ……」
声にならず、ただ口だけをパクパクと動かす
「何をそんなに驚いている?」
「だ、だって、先輩、そ、それ――」
 やれやれ、と肩を竦める女。じくじくと染み出す血が、切り刻まれたを紅の斑に染めている。
「よく見ろ、下らない手品だ」
 言い捨て、地面に落ちた“それ”を踏み潰す。グチャリ、と嫌な音を立てて崩れたそれは、見る間に形を崩し、先程の獣のように土へと還った。
「高度な命令を可能にする為に、人形に己の血液を媒介として染み込ませておく……ありきたりの仕掛けだよ。お陰で折角の服が台無しだ」
 未だ腰が抜けて立てない若月の手から引っ手繰るようにしてフツノを取ると、女はそれを軽々と肩に担ぐ。
「そ、そういえば、あの娘はどうしたんですか?」
「気配は完全に消えた。恐らく、本体はぬくぬくと遠くからこの『遊び』を見ていたんだろうよ。全く、最近の若い娘は躾がなっていない」
 女が呆れたように首を軽く振る。だが、いつもどおりのその動作も、傷のせいで力なく見える。
 自分があの時もっと急いでいれば、女が傷を負うこともなかったはず。――そして、彼女の左腕が血に塗れる事も。
 女の身の危機に、普段は若月が抑えている殺戮の刄が目醒めた事は明らかだ。
 不意に、赤く、死臭に満ちた冷たい記憶が甦った。

 ――血のように赤い月の下、全身を朱に染めたあの人は――

 彼女にはあのようなことを二度とさせないと誓ったのに。
 自分のあまりの腑甲斐なさに、ぎりっと奥歯を噛み締める。

「……若月、何をしている? さっさと『修繕』を終わらせるぞ。働け」
 その“彼女”の冷徹な声が、彼を現実に引き戻す。大丈夫だ、いつもの彼女に戻っている。
「まぁ、躾がなっていないのはお前も同じか。やれやれ、婦女子に肉体労働をさせて優雅に腰を抜かしていられるとは」
「や、やりますってば……」
 ――こういう所は少しくらい変わってもいいのに、と密かに心中涙する若月であった。

 四半刻後、戦闘によって生じた残骸が一箇所に(殆どは若月の手によって)集められると、女は徐にフツノを天高く差し上げた。

「目には目を、歯には歯を、そして魔には魔を以て。世の理より外れたモノは、更に外へと押し戻せ――」

 フツノの刃が煌々と輝きを放つ。この世の理の『歪み』を矯正し、在るがままの姿へと戻す『力』が、光となって溢れる。
「――歪みを正し、在るべき姿へ回帰させよ。『修繕』!」
 声と共に、フツノから溢れた光は残骸を飲み込み、戦闘によって生じた建築物などへの傷を包み――消えた。
 そして後には、ただ普通の路地だけが残っていた。
「はぁ……。いつ見ても凄い光景ですよね、これって」
「……そうか? お前の感性はよく分からんな」
 女はそう言いながらフツノを降ろす。変わらずに傷が残るその腕を見て、若月は小さな罪悪感を抱きながら呟いた。
「……人の傷は、消せないんですよね」
「ん? ああ、仕方ないことだよ、これは。人間には物と違って記憶が、この世の理に沿った記憶がある。その“常識”が傷や死を認識するかぎりは、原因が何であれ傷口は血を流し、死は常に付きまとうさ」

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