All right 29
その言葉に含まれたニュアンスにギクリとすると、さくらは恐る恐る茜の顔を窺う。
その目に潜む、先程とは違う光に溜め息の出る思いだった…
「行こっか、さくら。」
うって変わってウキウキな茜。それに対して、もう少しお灸をすえるべきだったわ…と嘆くさくら。
─この二人、案外いいコンビなのかもしれない。
「あ…ちょっと、待ちなさい!あかねぇ〜〜!!!」
さくらの怒号が辺りに木霊し、二人の姿は夕闇にと消えていった。
日は暮れ始め、しかし祭の場を作る人々の喧騒は止むことはない。
各々が作る音が校舎に満ちる中、それに該当しない場もあった。
特別教室棟だ。
学園祭への準備に沸く校内において、そこだけは普段と変わらない静けさを有していた。
悟はぼんやりと、特定の教室がいらない諸部活の展示場は、普通教室棟から近い所に集まっているのだと誰かから聞いたのを思い出していた。
やや遠く、普通教室へとつながる渡り廊下から聞こえる人のざわめきを耳にしつつ、快い喧騒だと悟は思った。皆、きっと楽しいのだろう。
学校という限られた空間で、見知った仲間と共に何かを作る。それは皆の心を浮き足立たせるのに充分なことだ。だが今の悟は、それを隠れ蓑にした悪意があるのを知っていた。
できることなら、今年の学園祭も皆の記憶には楽しかった思い出のひとつとして残ってほしい。何より冗談抜きに命がかかっている明希には特に。
すべてが終わり、不安も悲しみも何もかもを過去として、穏やかにそんなこともあったねと語り合えるように。
悟は明かりの目立ちだしたたくさんの教室に目を向け、まだ見ぬ犯人へと思いを馳せた。
その様子に何かを感じたのだろう、明希は悟の方を向くと首を傾げ、
「考え事?」
「ん――、ああ、いや。別に何でもない」
「……本当に?」
めずらしく食い下がる明希の姿に悟は軽い疑問を持ったが、考えてみればなんてことはない。また落ち込んでいるのではないかと心配されているのだ。
だから悟は軽く笑みを浮かべて、
「心配すんなって。人の多いところなら犯人もうかつには動けないだろうから、学園祭自体は何とか楽しめるかな、って考えてただけだよ」
明希が軽い驚きの表情とともに、あ、と小さく声を洩らす。
自分でも、思い付きの割には的を射ている意見のような気がして悟はいくらか気が楽になった。
「ずっと根を詰めてばかりもいられないし、それにほら、俺はここの学園祭は初めてだしさ」
「あ、そっか。悟は今年からの編入だっけ」
明希も編入組だが、それは小学校の時で、悟の場合は今年の春、高校生になってからの編入だ。
「坂本くんは?」
「え……? あ、え、えっと、し、初等部からずっとここ……です……」
よほど人と話すのが苦手なのだろう。顔を赤らめ、あわてながらどもる流馬の姿を見て悟はそう思った。