パニックスクール 64
6月に入ったものの、梅雨とは思えないほどに雨が降っていなかった。
せいぜい、日中曇り空で傘を持っていかずに済むのは洋平にとってありがたかった。
とは言うものの、ここ最近の洋平の行動はおかしかった。
それはもう、絵美が気づいて当たり前と言わんばかりに。
昼休みはご飯をかき込むように食べて、図書館に直行。
放課後は放課後でどこかへ行っているようで絵美は洋平に会えない寂しさばかりが募っていた。
別に洋平の事を信じていない訳ではないが、それでも疑心暗鬼に駆られるのが人と言うもの。
「なーんか、怪しいんだよね。最近の洋平って」
「会おうと思っても会えないし……すぐ、用事って行ってどこかに行っちゃうの」
「うーん、気になるね。と言う事で後を付けてみようか」
「駄目だよ、そんな事魚崎君に悪いし」
興味本心とばかりにチェシャ猫の笑みを浮かべる由紀。
だが、対する絵美は洋平に嫌われたくないのか躊躇した。
「斉藤は気にならない?」
「それは……気になるといえば気になるけど」
歯に物が詰まったような言い方をする絵美。
洋平には悪いが、それでも胸のつっかえが引っかかる。
「だったら直接見て確かめようよ。気にする事いつまでも放って置くのも良くないし」
こうして由紀の興味本位な尾行に絵美は巻き込まれていった。
翌日の昼休み。ご飯を食べ終わった洋平の後を付ける由紀と絵美。
向かった先はもちろん図書館。洋平が手に取ったのは魚料理に関する本だった。
「これって料理の本……だよね?」
なぜ、料理の本なのか?訳が分からずに絵美は頭に?を浮かべる。
それだけではなく野菜や肉料理、ともかくジャンルに関係なしに料理の本を片っ端から見ているようだ。
中にはお菓子やデザートの本まで読んでいた。
「私にとっては無縁なんだけど」
実際、体育系の彼女は台所でまともに料理した事はなかった。
やがて、始業5分前のチャイムが鳴り、洋平が本を元の場所に返して二人そろって喧騒に紛れる様に教室に戻った。
放課後になり、洋平はそそくさと教室から出ると真っ先にとある場所へと向かっていた。
当然、後ろから尾行している由紀と絵美には気が付いていない。
「ちーっす」
向かった先は家庭科室。ここは料理部の部室でもある。
「あっ、魚崎くん」
「こんにちわ、魚崎先輩」
先輩、後輩から挨拶をされる洋平はなんの躊躇も無く中に入る。
料理部の部員は女子生徒ばかりで男子は洋平一人。
何処のハーレムだと言わんばかりだ。
「やっほ、魚崎君。待っていたよ」
正面の黒板前の調理台には部長であるエプロンを付けた川部 由里が挨拶をしてくる。
「別に先に始めてくれても構わなかったのに」
「材料が無ければ始めれるものも始めれないわよ。その為に待っていたんだから」
「さいですか」
と洋平は冷蔵庫へ向かう。
扉を開けるとひんやりとした空気と中には大量の魚とその切り身が入っていた。
荷物棚には大きめのクーラーボックス。
ただでさえ学校の鞄を持っているのにクーラーボックスも持っていくとなると洋平でも大変そうだった。
魚にしても賞味期限ギリギリの売れ残りと加工に失敗して売れない商品を持って来ている。
あの親父を説得するのは骨が折れたが目的の為には多少目を瞑るしかなかった。
実の所、現在の小遣いだけでは昼が持たないと言う事で弁当を作ろうと考えた訳だが、作り方を知らない洋平。
そこで料理部に頭を下げて作り方を教えてもらおうとした訳だ。
返事は部長である由里が条件付でOKを出してくれた。
その条件と言うのが、材料となる魚を提供する事であった。