創業２５０年。江戸時代末期より続く高級老舗『黒鱒』。
様々な著名人や政治家が訪れると言う刺身・生け作りの料亭である。
ここは今、生田家総勢で訪れていた。
普段休みの取れない父親と母親が偶然、この日に休みが重なったので親子水入らずで料亭で団欒をしようと相成ったのである。
御持て成しとして出された料理はマグロを一匹を丸ごと使った刺身と兜煮であった。
とはいえ、流石に一匹丸ごと全ては量が多いのできっちり人数分に抑えてられてはいるが。
頭を丸ごと鍋に入れて味付け煮込みをした兜煮。
背骨と尻尾以外の骨を取り除き、それすらも飾りに仕立て上げた各種新鮮な刺身。
脂たっぷりのトロを炙り焼きをし、赤身を透けるほどの薄切りにして鱗を表している。
それを家族４人で囲んでいた。
「見事なものですな。さすがは黒鱒。」
中年の紳士が言った。
「本当。こんなに蕩けるような・・・・絶品ですわ。」
同世代と思える美人がほんわかと語る。白人の血が混じっているのだろうか、日本女性のよい所と欧州女性のよい所を集めたような容姿をしている。
「父様、母様、やはり４人揃っていただく料理というのは、本当に美味しいです。」
娘だろう、美熟女と似た顔立ちの美少女が心底幸せそうな表情で語る。
「うん、和恵は昔から刺身が大好物だからな。」
３０歳前後と思われる美形の男が優しく言う。
「もう！お兄様！」
「ははは、和武、こうして儂ら４人が揃えることを喜ぼうではないか。」
「はい、父さん。」
新鮮な刺身に舌鼓をうつ一家。
地元の名家、生田和久（いくた　かずひさ）と妻の都（みやこ）、長男の和武（かずたけ）、その歳の離れた妹で長女の和恵（かずえ）の４人であった。
ちなみに和武は父・和久の事業の手伝いつつ後継者たるべく修行中、和恵は翠泉学園高校２年生である。
「ちぃっと邪魔するぜ。気に入ってくれて何よりだ。作ったかいが有ったってもんだぜ」
がらっと出入り口である襖を開けて入ってくるのは玄太郎。
右手は後ろ手にしており、左手には手下げ桶を持っている。
「おい、お客さまに向かってそんな口を叩く奴があるか!!」
「いいじゃねぇか、そんな硬い事ぬかすなって」
諌めようとした料亭の主人に気にするなとばかりに玄太郎が返す。
「さてと……気悪くしねぇでくれ。どうも畏まった言い方って言うのはおらぁ苦手でな」