素直になれたら… 1
麗らかな春の日……
春の陽気は睡眠効果があるらしく、講堂の人の大半は夢の世界に旅立っていた。ご多分に漏れずに、あたし真崎 栞(まさき しおり)も既に旅立ちの準備は出来ている。
さぁ、こっちにいらっしゃい栞……
夢の世界へと誘う様に、まるで天使の様に柔らかな甘い声が聞こえた……
気がした。
あ、念のために言っておくけど比喩だからね?
人に見えないモノが見えるとか、そんなアブナイ系の人じゃないからね?
もちろん、そんなモン見たコトないし、信じちゃいないけど……
眠い目を擦りながら窓の方へ視線を向けてみると、時折吹く強い風に吹雪のように桜が舞っている。
「なんだってのよ、まったく……」
それを見ながら、思わずそんな言葉が零れた。今日の講義はほとんどがオリエンテーション、ただそれだけの為に90分も使うなんて考えられる?
ポカポカ陽気に無意味な内容……
こんなんじゃ、眠るなってのが無理な話しでしょ?
そんな訳であたしの意識は程なくブラックアウトした。
「……い……」
?
「……い……んた…」
…いんた…?
「…おい……あんた…」
うっさいわね、誰よ?
「もしも〜し?そこで大口開けて涎れ垂らして寝てるお嬢さん?」
……涎れ?……
瞬時にあたしはガバッと体を起こして口許を拭う。
「嘘、嘘。ほいよ、プリント。自分の分取ったら後ろに回してくれよ。」
前の席に座っていた男性は、あたしの方を振り返りながらプリントの束を渡した。
「あ…うん。」
半分寝ぼけたまま自分の分のプリントを引き抜いて残りを後ろに回す。でもやっぱり気になるから、あたしはもう一度口許を拭う仕種をした。
「だから嘘だってば。まぁ、大口開けて寝てたのは本当だけどな?」
そう言って、そいつはニカッと笑う。
んもー、からかわないでよね。やだなぁ…
なんて普通の女の子はそんなリアクションするんだろうけど風を切る右手一閃、次の瞬間には小気味よい音とともに、鮮やかな平手打ちが男の頬に炸裂して
「女の子の寝顔を覗き込んでんじゃないわよ、このスケベ!!」
と、あたしは叫んでいた。
すると……
講堂全体の目が一斉にあたしに向けられて、まるで空気までもが凍りついたかのように静まりかえった。
「ってぇ……いきなり叩くか?普通……」
その男性は、左頬を押さえながらあたしを睨みつけている。
あたしはとっさに振り上げしまった右手の行き場がなくなり、ばつが悪くなってしまった。
どうしよう……
ここは謝るべきかしら。
でも……
悪いのはこの人だし。