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君がいなかったら
恋愛リレー小説 - 理想の恋愛

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君がいなかったら 8

先端を赤く灯すと、口一杯にメンソールの味が広がった。
久しぶりの喫煙は身体の隅々まで染み渡り、クラクラする程だった。

「普段は吸わないのか?」
青年は微笑みながら湫の指先から煙草を抜き取ると、旨そうにそれを吸い込んだ。

「美味しそうに吸いますね」
「あ〜?ああ、今日は特別に旨い。」
「え?」

「そろそろ行くか。もう平気か?」
青年は煙草を湫に戻すと、立上がりざまに尻をパンパンと払った。

「はい。もう平気です。」
湫は背を向ける青年の尻を見詰めながら、湿めったフィルターをくわえ、紫煙をいっぱいに吸い込んだ。

口数は少なくなっていた。
サングラスで表情も読み取れはしなかった。
ラジオから流れる洋楽は湫の知らない楽曲ばかりだった。
それでも風に吹かれながら聞くと、どれも気持ちよく身体の中に入ってきた。

対向車が多くなり、次第に人工物が増えてきていた。
それでも湫の街よりも充分に緑を感じるのだが、なぜか湫は寂しさを覚えた。

「温泉寄ってくか?」

「え?」
確かに嘔吐の後だけに、着替えたい気分だった。
それに自分が気付かないだけで、少しは臭うのかもしれなかった。

「いいんですか?前で降ろしてくれれば・・」

「何言ってんだよ。ちゃんと店の前まで送り届けるさ。
それに俺も温泉に入りたいんだ。」
青年はサングラスを取ると、目を三日月のように細めにやりと微笑んだ。

沸き出す白い煙りの前で軽自動車はゆっくりと停車した。

1時間余り揺れていただけなのに、随分と青年と親しくなれた気がして湫は嬉しかった。
車掌と出会い、高嶋さんと出会い、青年と出会えた。
24時間も経ってはいないのに、人との出会いはどこにあるか分からないものなのだと、しみじみと思った。

午前中だというのに脱衣所の篭はかなりうまっていた。
旅館や市場の面々が一仕事終えた後に来るのだと、番台の老人はタオルを差し出し、教えてくれた。

ズボンを下ろした青年は、色鮮やかなパステルカラーのボクサーパンツを履いていた。
それは若々しく、どことなく可愛らしく、それでいて青年には似合っていた。

湫の視線に気付いたのか、青年は何気に背を向けた。
見られたくはないのだ・・・
湫は青年の腰巻き姿を思い出し、そそくさと服を脱ぐと、タオルを肩に掛け、何気にそこを手で覆い、先に浴場へと向かった。

この街にこんなに人がいたのかと思う程に浴場内は混雑していた。

皆、顔見知りと見え、一瞬湫に視線が集まるが、それも人懐っこい笑顔にと変わった。

「旅のお方かな?」
洗い場に腰掛けると、白髪混じりの中年男が話し掛けてきた。

「いや、こいつ。今晩から先の居酒屋で働くんです。」
いつ来たのか、変わりに答えてくれたのは青年だった。

湯気の湿気に、輝く足が伸びていた。
湫は青年を見上げた。
何気を装ってはいるものの、動揺しているのが湫には分かった。

それに気付きはしたものの、湫はそれが何でも無いことように敢えて無視した。
それが青年の為に一番いいと思えた。

目の前の鏡に写り込む青年は、タオルを肩に掛け・・・腰巻きスタイルではなかった。

言っていた通りに、確かにそれは自慢にはならない代物ではあったが、
それでも勇気を出し、その羞恥を克服しようとしている青年の姿は眩しかった。

それを称える意味でも、自分も手で覆い隠さないことが、せめてもの青年への賛辞だと思え、湫は湯船に向かい立ち上がった。
ただでさえ、新参者を好奇な目で見る男たちの視線がそこに注がれるのを分かりはしたが、湫は青年を少しでも見習おうと勇気を振り絞ったのだ。

青年同様に、決して自慢にはならない標準以下を、恥ずかし気も無く堂々と晒しながら闊歩する湫の姿を、
浴場の皆がどう思ったかのは分かりはしないが、そんなことは関係なかった。
他人にどう思われようが、自分が持って生まれた物は、例えそれが標準を大きく下回っていようが、恥ることなどない…
そしてそれは逸物に限らず、全ての部位に関して言える筈だ…と、
湫は今、腰巻きを外した青年に、教えられた気がした。

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