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君がいなかったら
恋愛リレー小説 - 理想の恋愛

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君がいなかったら 9


観光客を狙った古めかしい街並は、映画のセットのようだった。
それでも客足が伸びないこの温泉地は、どこか寂し気だった。
軽自動車はそんなレンガ貼りの道路に、ゆっくりと停車した。

「脇道入った直ぐが、本店だ…」
「あ、ああ…」
湫は黙って、本店に続く小道を眺めた。

エンジンの振動が直に身体に伝り、自身の脚までもがそれに合わせ震えた。
湫はそれを抑えるが如く膝に手を置き、自然にその手は拳を作った。

「ありがとな…」
青年の呟くような掠れた声が耳をなぞり、湫の拳の上に青年の手の平が置かれた。

「湫クンに会えよかった………これでやっと女も抱ける…」
青年はそれに力を込め、強く握ってきた。
「やっと、って…」
湫は青年の横顔を見た。

「ああ…見せる勇気がなかった…」

青年の長い睫毛が瞬きと共に上下した。
如何にも女受けするだろう容姿を見ると、今まで女を知らない方が意外だったが、
それでも、腰巻きスタイルを思い出すと、そうだったのだろうと思えた…

「早速今晩にでも行ってくる。」
「風俗?」
「ああ。湫クンのお陰だ・・・ありがと・・・」

湫は拳を開き、それを返した。
手の平と手の平が重なり、指と指が絡んだ。
自然とそれは閉じ・・指は折れ・・熱を込め・・そして握った。

ドキドキした・・・

これは友情の証しなのだと、分かってはいたが、
他人とこんな風に手を握り合ったことなど、湫にはなかった。

「また会おうな・・」
青年は前を見つめたまま、ぼそりと言った。

鼻の奥が何故だか白んだ。
鼻水が落ちそうな予感がし、袖口で鼻下を拭い、"ぁ・・"っと思った時には、湫はその手を離なしていた。

「ハンカチやっただろ?」
「ぁっ・・・」
湫の返事を待たずとして、青年は車外に出て伸びをした。
シャツの裾が捲れ上がり、パステルカラーのパンツのゴムが覗き見えた。

湫はそんな青年の後ろ姿をじっと見つめ、
次ぎには、元気よく車外へと出ると、空に向かい大きく躯を伸ばした。

“プゥッープゥッー”
クラクションを2回鳴らし、軽自動車は視界から消えていった。
湫は501からハンカチを取り出すと、それで目頭を押さえた…。

「ああ〜アンタ〜、やっぱり家で働くことになっている、柳井湫君だったんだね!」
そのでかい声に、湫はいきなりに青年の余韻から現実に戻された。

(だ、誰だ?)
ハンカチを握りしめ、慌てて振り返ると、そこにはにこやかに微笑む白髪交じりの中年の男が立っていた。

「あの…何処かでお会いしましたっけ?」
湫は恐る恐る尋ねた。

「ははは!アンタは覚えちゃいないだろうが、こっちは忘れはしないって…」
「はぁ〜あ?」
「それゃそうだろう?、あんなに堂々と見せらちゃぁー、今でも瞼に焼き付いてるさ…」

(あちゃ…風呂で一緒になった、おっさんかよ…)

「ははは!そう嫌な顔しなさなんなって…、私が本店の店長だよ…」

(げっ…マジっすか?…)

「さ、行くぞ!」
おっさんは湫の足元に置かれたリュックを持ち上げると、促すようかのように湫の背に腕を回した。
旧家のお屋敷を買い受けたという本店は、流石に全国からその建物見たさの観光客がいる程に立派だった。
(こんな凄いところで・・俺は大丈夫だろうか?)
それは正直な感想だった。
ただ遊び気分で来た訳ではないのだ。

「ビビリなさんなって、外観は他店とは懸け離れているが、出す物は全国どこも一緒だ。それが家の居酒屋の売りだからな。」
おっさんは目尻に皺をいっぱいに作って、微笑んでくれた。

「は、はい!・・・お願いします!」
俺は深々と頭を垂れた。

その背を、温かい肉圧の手がポンポンと叩いた。
「お願いするのはこっちの方さ。柳井君」

「は、はい!・・あ、湫と、湫と呼んで下さい。皆そう呼びます」

と、突然に..『おっ!湫って言うのかぁ!新しく来た助っ人君はぁよぉ〜』
その声に促されるように、俺は慌てて振り向いた・・

と、次ぎに..「ひぃっ・・!」
俺は女のような裏返った声を辺りに轟かしていた。

背後の男は俺の尻を鷲掴みながら・・・ニヤリと笑った。

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