君がいなかったら 7
確かに、自分のモノが自慢出来ないことは、湫には分かっていた。
男として当然、何度と無くそこを測ったことはあり、その度に肩を落とす経験は今までに幾度と無くしてきた。
だからといって、それを赤の他人のこの青年に指摘される程、自分のモノは情け無くもないのではないかと思えた。
現に初体験を迎えた時の風俗嬢は、『ステキ…』と言ってくれた。
湫はその言葉に励まされ、男としての自信が持てたと言ってもよかった。
「そんな小さいですかねぇ…」
湫は半ばふて腐れながら青年に返した。
「あっ…気を悪くしたらゴメン…そんなつもりじゃ無いんだ…」
青年は左手で湫の膝をトントンと擦った。
「俺なんて、湫クンの比じゃない…」
「え?…」
ガッタッン!
砂利道に入り、タイヤが大石を踏み、車体が上下にラウンドした。
青年は慌てて膝から手を離し、ハンドルを取られないないよう両手で握った。
都会では見られなくなくった舗装されてはいない道。
湫はダッシュボードに腕を突っ張り、それでも何度も青年に肩をぶつけた。
どのくらい揺られていたのだろう?
湫は吐き気を催した。
車に弱いとは思ってもいなかったが、睡眠不足と緊張の連続で、身体が弱っていたのかもしれなかった。
「わ、悪ぃ・・止めてくれ・・」
「え!?」
青年は白い顔色の湫を確認し、慌ててブレーキを踏み込んだ。
タイヤが土煙を上げる中、湫は両手で口を押さえ、車内から飛び出した。
地面に膝を着き、身を屈め、込上げて来るその苦痛を、吐き出すしかなかった。
背を擦ってくれる青年の掌に、温かさを感じた。
弱い状態の中で向けられる優しさは、こんなにも心地よいものだと、湫は始めて知った。
「ごめんな…運転荒かったな…」
「いえ、そんなこと…昨夜あんま寝てないから…」
吐くものをすっかりと出し終えると、 湫の気分はすっかりと回復していた。
「ああ、遅くまで付き合わせちまったもんな…」
「いえそんなこと……、楽しかったです…」
湫は袖口で口を拭いながら微笑んだ。
「俺らも滅多には来ない客人を前に、舞い上がっていたからな…」
青年はそう言いながら、ズボンのポケットから皺になったハンカチを取り出し、それを湫に差し出した。
「あ、でも……汚してしまいます。」
嘔吐したばかりの口をそれで拭うのには、余りにも申し訳無かった。
「いいさ、気にすんな。やるよ…」
「あ……ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えます。」
湫は青年の気遣いに照れながらもそれを受け取り、口に宛がった。
何日も洗濯はしていないのだろう…
そのハンカチは男特有の汗の匂いを充分に染み込ませていた。
それでも湫は、嫌な気はしなかった。
青年の優しさに触れ、嬉しかった。
このハンカチは大切にしようと心で思い、それを吸い込むかのように、大きく深呼吸した。
"シュポッ"・・ジッポを灯す音が湫の耳を撫でた。
青年は背を向け紫煙を上げた。
湫はハンカチを501に尻ポケットに押し込み、青年の横に腰を下ろした。
「吸う?」
青年はパッケージボックスを差し出した。
湫に喫煙の習慣は無かった。
それでも吸ったことが無い訳でもなかった。
気分的には吸いたかった。
田舎の空気がそう思わせた。
「遠慮なく・・あれ?」
ボックスの中は空だった。
湫は笑いながらそれを逆さまにして青年に見せた。
「あ、切れてた?、悪りぃー悪りぃー、・・
・・・よかったら、一緒に吸うか?」
青年は自分の吸っていたフィルターを指で摘んだ。
抵抗が頭を過らない訳ではなかった。
ここでどうしても吸いたい訳でもなかった。
それでも湫はそれを指で受取ると、それを唇に咥えた。