君がいなかったら 10
「おいおいテツ。湫はまだ童貞なんだからよ、そんなことすると驚くだろ。」
「・・!?お、俺、童貞なんかじゃありません。ちゃんと知ってます!」
俺は直ぐさまにおっさんの言葉に反応した。
「そう向きになるところからして、経験したと言っても、せいぜい風俗だろ?」
テツと呼ばれた男は、俺の顔を覗き込んでくる。
「うっ・・・」
返す言葉が無かった・・
「ははは!図星かよ。風俗での経験なんてちんち○入れたに過ぎないぜ。
経験するってのはよ、ちゃんと心から結ばれてから言うもんだ・・。」
(心から結ばれる・・か)
俺はやけに馴れ馴れしいテツさんに戸惑いはしたが、言っている事は間違っていないように思えた。
確かに俺は金を払って初体験はしたものの、それは何故かとても虚しく、その苦さは今でもどこかに引っ掛かっていた。
「テツよぉー、そう言う偉そうなことは、ちゃんと女ができてから言えや。。
お前、何年女抱いてないんだ?」
おっさんが呆れたように言う・・
「店長さんよ。それを言っちゃお終いよぉ〜。
新人クンが妙な誤解すんじゃねーっすか・・」
「誤解・・?」
俺は素頓狂な声を上げた。
「だからよぉ、俺は変な趣味は持っちゃいねーぞぉ。
だから、安心して同室でやっていこーな!」
そう言うなり、再び俺の片尻を揉んできた。
「ちょ!ちょっとぉー!」
俺は身を捩りその手を振払う。
それにしても...この人と同室かよ・・・
俺は眉間に皺を寄せ、マジマジとテツという男を見上げた。
180cmは超えているのだろう・・
その立端をして、胸の筋肉がTシャツを盛り上げている。
その躯はまるでオリンピックで見たアスリートのようだった。
「何かスポーツしてんですか?」
「テツは、水泳選手だよ。この辺は温水プールも多いから、そういった選手も多いんだ。」
おっさんが変わりに答える。
「選手ってこともないさ。。最近は大会にも出てねーから。。」
テツは照れたように頭をかいた。
捲れ上がった袖口から、褐色の毛が溢れて見え、俺は何故か気恥ずかしさを覚えた。
仄かに顔を赤らめ、短く刈られた頭髪をかきながら、白い歯を見せるテツ・・
『変な趣味は持っていない』と、テツが先ずは口にしたのが、何だか分からないでも無かった。
通された部屋は広々とした畳み敷きの和室だった。
8〜10帖はあるとは言え、長身のテツと入ると、そこで野郎が2人で生活するには狭いと思えた。
「まあ俺といると狭いと思うだろうけど、ここはマスかいて寝るだけだからな。」
"マスかいて"と言う言葉に、湫の頬は俄に赤らんだ。
それに気づかれないよう背を向け、リュックの荷を解く。
考えてみると、男2人で1部屋で生活するとなるとそれは当然の行為で、避けては通れない問題なのだ。
幼少の頃より1人部屋で生活してきた1っ子の湫にとっては、それは未知の領域でもあるのだ。
「ど、どうすんだ?」
湫は首をひねり、テツに何気を装いボソリと言った。
「へ?」
テツは窓際に張られたロープに、競泳用の小さな海パンを干しながら首を傾げた。
「だ、だから・・・・マス・・」
湫の蚊の鳴くような掠れた声は、語尾が途切れていた。
一瞬目を丸くしたテツは「はぁはーん・・」と頬を上げると、リュックから出された湫のボクサーパンツを手にとった。
「湫・・お前、溜まってんだろ?」
テツは手にしたパンツを左右に伸ばしながら、それに向かいクンクンと小鼻を動かす。
「そ!?そんなの嗅がないでください!」
湫は慌ててパンツを奪い返す。
「洗剤のいい香りじゃねーか。どれもこれも洗濯したてなんだろ?
てことはよ、お前、暫くはシコってねーんだろ?」
う・・;
確かにテツの言っていることは当っていた。
送別会かやらなんやらで、こっちに来る前から何日も、抜いてはいなかったのだ。