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君がいなかったら
恋愛リレー小説 - 理想の恋愛

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君がいなかったら 4

“…面白い…”
湫が率直に感じた第一印象だった。
それはまるで、最近読んだ小説『風が強く吹いている』に出てくる学生寮のようであり、ワクワクとの心情を高揚させた。
湫のその思いは、裏切られることはなかった。
食堂兼、談話室となっているそこには、数人の男たちが、グラス片手に紫煙を立ち登らせていた。

「お!客人とは珍しいよな…。」
湫の元に歩み寄る男はかなり酔っていた。
「まさか女じゃないだろうな?」
(…え?)
湫は細身で決して男らしいとは言えないが、それでも女と間違えられたことなど、一度もなかった。

「高嶋ぁさん〜コイツのどこが女に見えるんすかぁ〜?」
車掌は呆れ眼でそう言うと、スマンと湫に向け、手の平を立てた。
「でもよ…この寮は一歩たりとも、女が足を踏み入れちゃならないってのが、代々受け継がれてきた伝統なんだ…もしこいつが女だったら、先人たちに申し開きが出来ないだろぉ…」
男は言い掛かりとしか言えないクダを巻き、車掌に絡んでいた。

その男は先輩社員だと見えて、車掌はこの場を無下に立ち去る訳にもいかないのだろう、
その困り顔が、湫には返って申し訳なかった。

意を決した湫は、ベルトのバックルを外すと、ボタンホールの緩んだ501を開くと、
ボクサーパンツの前立てを、捲り下ろした。

「俺は男だ!」

一瞬の沈黙が部屋を覆い、皆が眼を丸くした。
次に誰かが指笛を奏で、大きな歓声が湧き上がった。

こんな訳で、酒癖の悪い先輩をギャフンと言わせた湫は、この夜のヒーローとなり、
青葉電鉄独身寮の面々と、時計てっぺん過ぎまでグラスを傾けることとなった。


「しかし傑作だったぜ、あの人の顔見たか?
ここ何年かの鬱憤がすぅーと流れ落ちた気分だぜ…ホント、ありがとな…」
車掌はベッドの下の畳に寝ころびながら、天井を見上げそう言った。
「俺、そんな偉いことしてませんよ…
それに、俺が畳で寝ますから、ベッドで寝て下さいって…」
「いいんだ、いいんだ…
こんな所に無理矢理に連れて来てしまった上に、恥ずかしい事させちまった、せめてものお詫びだ…」

(恥ずかしいことか…)

確かによくよく考えると、酷く恥ずかしい事だった。
バイト上がりに、店長たちとサウナや浴場に行っても、湫は腰巻きこそはしないが、
それでも手の平で何気に前を隠す、そういうタイプだった。
それが見ず知らずの男たちの前で、“見ろ!”と言わんばかりにそこを晒し、
全員の視線が一斉にそこに集まったのだ。
あの時は、車掌の心中を考え、無我夢中での行動ではあったが、
今思い起こすと、顔から火が出そうになる。

けれども、そんな大胆な事ができた自分が、意外にも微笑ましく、
世話になった車掌に、せめてもの恩返しができた自分を、誇らしくも感じていた。

飲み過ぎたのだろう、車掌は直ぐに寝息を発てた。
俺はベッドの上から、その上下する腹をじっと眺めた。
両手を頭の後ろで組んでいる為、剥き出しになった黒い脇毛が、白い肌に映えて見えた。
無法備に半開きになった口元は、その脇から透明な涎が、筋を作っていた。

そんな姿に湫は、"フッ"微笑むと、車掌の体臭をたっぷり含んだ上掛けにくるまった。
それは日向臭さにも似た、懐かしい温かさだった。

3時間程寝ていたのだろうか?
部屋を出て行く車掌に気付いた時、カーテンから溢れる外光はまだ薄っすらとしていた。

「悪ぃ〜起こしちまった?今日、早番なんだよね。」
「俺も一緒に出ますよ!」湫は半身を起こした。
「始発までは、まだ時間あっからさ、ゆっくりしてけばいいさ〜。」
「で・でもそれじゃあ、悪いですよ・・」
「構わない、構わない。そんじゃ、俺は行くからまた会おうな。」
「はい。ホントありがとうございました。」
湫は立上がり、頭を下げた。

「おっ!
朝風呂にでも入って、鎮めるんだな。」
車掌はニヤッと笑いながら、部屋を出ていった。

(鎮める?・・・)
俺は車掌が見ていたと思われる、下部に視線を落とした。

(あちゃ・・・)
俺はしっかりと、朝の昂りをみせていた・・。

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