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君がいなかったら
恋愛リレー小説 - 理想の恋愛

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君がいなかったら 3

「どちらまで?」
若い車掌は勢いよく水音を立てながら聞いてきた。
「あ・」
俺は突然の問いかけに慌ててしまい、振っていた水滴をパンツに跳ねさせてしまった。
「ははは。お客さん、汚いなぁ〜」
車掌は横から俺のを覗き見ながら、豪快に声を上げた。

「ちょ・ちょっと誰かに聞こえますってぇ・・・」
俺は車掌の声を静めるべく、声を潜めた。

「何恥ずかしがっているんですか。この辺りにはもう誰もいないぜ。
例え、お客さんがその濡れたパンツを乾かそうと、素っ裸でいたとしても、誰も見てはくれないさ」

「見て欲しいなんて、思う訳ないですよ!」
車掌の言葉に吊られ、俺はその言葉を返していた。

「ははは!それもそーかぁ〜・・」
フンフンとでも言いたげな、車掌のその厭らし気な視線に気付き、俺は慌ててチャックを上げた。

公衆便所を出ると、濡れた手を腰パンの脇で拭いながら、車掌が追い掛けて来た。
「それで、お客さんどこまで?」
"お客さん"とは言っているものの、その口調は完全にタメ語に変わっていた。
「『螢谷』・・寝過ごしちゃって・・」
俺は鼻の頭をポリッと掻いた。

「そりゃー困った。近くなら送っていってやろうとも思ったけど、螢谷までは片道1時間以上は掛かる」
「そうなんですか・・この辺りに民宿とかは?」
「見ての通り、そんな気の効いたもんが、この辺りにある訳ないでしょ。」
俺は車掌の話しを聞きながら、取りあえず店長に連絡しようと携帯を開くが、"圏外"だった。
「この駅周辺は誰もいないんだよ。ただ列車の車庫があるだけだ。」
「始発まで、その辺りのベンチにいさせてもらってもいいですか?」

「そんなら、ウチ来い!家に泊まっていけ!」
車掌は俺の足元に置かれたリュックを抱え上げた。

言わば強制的とも思える車掌に対して、湫は"イヤ"とは言えなかった。
湫の返事を待たずとして、車掌はリュックを肩に歩み進んで行く。
「あ・いいんですか?突然に、お邪魔じゃないんですかぁ?〜」
そんな湫の遠慮など聞く耳持たないかのごとく、車掌は背を向けたまま、手の平を振った。

湫は戸惑いながらも、車掌の腰パンからはみ出たトランクスを見詰め、それに続くしかなかった。

それでも湫は、こんな展開が嫌ではなかった。
人見知りの自分は、こんな風に強引に誘われでもしなければ、
見ず知らずの人の家に泊まらせてもらうことなど、絶対にあり得ないと思えた。

もし、この車掌に便所で出会わなければ、朝まで蚊と格闘せねばならなかっただろうことは容易に想像でき、
それだけでも、車掌に感謝したい気持ちだった。

鉄道会社の独身寮は、駅からそう離れてはいなかった。
向かう道すがら、湫は簡単な自己紹介を済ませたが、その後の殆どは車掌の独演状態となった。
歳は湫の3つ上で、今年大学を出たばかりだと言うこと。
もっと都会で就職したかったのだが、この土地に結婚を約束した幼馴染みがいて、仕方なく田舎にいること。
そのカノジョとも、車掌の浮気がバレて、3ヶ月前に別れたこと。
そして、新たな出会いがないこの土地に、うんざりしていること。
そんなプライベートなことまでを一切合切、初対面である湫に晒す車掌に・・・
湫は驚き・・・そしてなんだか温かくもあった。

田畑広がる田園地に、ぽつんと建つそこは、
築50年は経っていそうな、かなり古めかしい建物だった。
都心で見慣れたアパートに連れて来られると思っていた湫は面食らい、繁々と家屋を見回した。
門柱には、武道教室の看板で見られるような厚板が、ニスで黒く光っていた。
「…“青葉電鉄独身寮”…」 
毛筆文字で書かれた達筆なそれを、湫は声に出して読み上げてみた。

「驚いただろ?今どき学生だってこんな所、住まないよな?…見ろよあれ…」
車掌に促されるまま、玄関の引き戸に掲げられたプレートに視線を移すと、
そこには『女人禁制/入るべからず』…
赤文字が、大きく浮かんで見えていた。

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