アンダンテ 5
お友達のおじ様には何度か会ったことはあったのだけど、息子さんとは初対面で、人見知りをしてしまったのよ。
そんな私を見て、彼はにっこりと笑って手を差し出してくれたわ…。
「初めまして。雛子ちゃん。僕は、朝春(ともはる)って言います。よろしくね?」
―美しいって言葉は、彼のために存在するんじゃないかと思ったわ―
黒くて真っすぐの髪。
切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋。
少し薄い唇は咲き始めのバラの花びらの様…。
私がおずおずと手を握ろうとすると、開けていた窓から風がひゅうっと入ってきたの。
その時、彼の髪を静かに揺らして
雲に隠れていた太陽は顔を出し、彼を照らしたわ。
まるで…
世界に祝福されているかのような気分だったわ。
やっとの思いで手を握ると
「雛子ちゃんは天使みたいに可愛いね。」
なんて言われて、恥ずかしくなって隠れてしまったわ。
それから何度かお家にいらしてくれて、彼がとてもピアノがお上手だということがわかったの。
美しいだけでなく、ピアノの才能まである
どんどん夢中になっていったわ…。
私は、どうしても彼にピアノを教えてもらいたいと言ったの。
わがままを言ったことが無かったわたしのお願いに、お父様は張り切っていたわ。
お父様から直接言われた彼は少し困ったような顔をしていたけど
「役不足にならないよう頑張ります」
って言ってくれたの。
それからは楽しかったわ。
私が彼と出会って10年が経ったわ。
ずっと胸に秘めていた思いも、だんだんと隠せなくなりはじめた頃だった…。
「朝春くんに婚約の話が出てるようだね。」
お父様のその一言で私はいても経ってもいられなくなったの。
…次のレッスンの時に打ち明けよう。とも兄さまなら…きっと…。
ばかよね。同じ気持ちだなんて思っていたのよ。