All right 10
「ねぇさくら、今の彼は?」
「え? ……ああ、キモ流の事? 文連(文化部連合)の文書係やってる坂本流馬(さかもと りゅうま)。
根は真面目だけど、なんかオの字っぽいから『キモ流』って呼び方が定着してるカンジ。同じ『流』でも『ルガーの流』とは大違いよね。それが何か?」
「ううん、別にどうって事はないんだけど、ね……」
胸のわだかまりはどうにも消えてくれない。しかし、はっきりとしない以上は話してもどうしようもない。そう考えて、茜は話題を切り替える。
「それより、さ。京のオルゴール、どうやって盗まれたと思う?」
「どうやっても何も……体育でみんなが更衣室から出払った後に悠々と犯人が、じゃないのか? 授業以外であっちに行くやつなんて少ないし、そう難しくないだろ」
「でもさ、もし運良く見つからずに更衣室には入れたとしても、うちのロッカー盗難防止のための錠付じゃない。犯人はどうやってそれ開けたって言うの?」
茜の指摘はもっともである。ため息混じりに悟がそうだよな、と呟く。
「鍵ぐらい簡単に開けられる能力持ってるやつなら一人知ってるけど……」
「あ、あたしも知ってる」
言いながら、茜とさくらが横目で悟るを見る。
「おいおい、何でおれが京のオルゴール盗まなくちゃいけないんだよ!? いたずらでした、じゃ済まないことなんだぞ!」
それに、と悟は続ける。
「おれも伝二の授業を受けてた事、忘れてないか? アイツの授業に出たら逃げられないことくらい、茜たちも知ってるだろ」
体育教師『鬼の伝二』は、確かに授業中生徒を逃がさない事でも有名である。
それが異能なのかは定かでないが、授業をこっそり抜け出そうとして捕まった生徒は数知れずという有様だ。
「それもそうね、伝二の授業からは抜け出せない…」
そこまで言って、さくらはポンと手を打った。
「そうよ、アイツの授業中は抜け出せない。オルゴールが盗まれたのは授業中。だったら、あたしたちのクラスには犯人はいないってことじゃない!」
「……そういうのは人を疑う前に気付よ」
「やだなあ。さっきのは冗談よ、冗談」
あはは、と軽く笑うさくらと茜を半目で睨み、悟は大きくため息をついた。
「……ん、てことはさあ」
ピタリと笑うのをやめた茜が真剣な表情をつくり、
「京のオルゴールを盗んだ犯人と脅迫状の送り主がイコールだったらさ、犯人は明希の交友関係に詳しい上で、京の触媒がオルゴールだって知ってるやつ、ってことじゃない? だって、着替えのとき使うロッカーは決まってないし」
「言われてみれば……」
明希を精神的に追い詰めることが犯人の狙いなら、彼女と親しい京を狙ったことも頷ける。
繰り返しになるが、この学園は『触媒を紛失したら退学』という校則がある。そのため、殆どの生徒は親しい間柄でもなければ滅多に触媒を見せることはない。
「だとすれば犯人は他のクラスか学年で、かなり京と親しいヒトって事よね?」
「いや、そうとは限らないかも。京と仲のいい人と仲が良くて、その人から聞いたって事も……」
なかなか方向の定まらない状況に耐え兼ね、やおら悟が立ち上がる。
「とりあえず、おれは明希のところへ戻る。今明希の側に居るのは?」
「今は夏海に頼んでる。部屋にいるはずよ」