All right 20
止まらない。こんな情けない姿は見せられないと、落ち着くために息を吸って吐けばそれは喘ぎになり、誤魔化すようにさくらの名を呼ぶ。
「さ、さくらぁ……」
さくらは返事をしなかった。でも、確かにそこにいる。そのことを示す手の感触は、不思議と慰めの言葉をかけられるよりも心地よかった。
こんな自分はまるで子供みたいだ。そう理性で思いながらも、感情は次々と溢れて止まらない。憤りも不安も何もかもが、氷が溶けるように、滴となって流れていく。
それを拭おうともしない茜を、さくらはただ黙って見守っていた。
悟はあてもなく廊下を駆けていた。
正体の解らない重く冷たい気持ちを抱え、祭りの準備に沸く生徒の間をすり抜けていく。その足は自然と人気の無いほうへ向かっていた。
茜の言っていたことは真実だと悟も思ってはいる。確かに白瀬・悟という人間があの中で必要だったかと言えば否だ。自分にはさくらのように場を取り成すことはできず、秋島のように知略で道を探ることもできず、茜のように皆を牽引するほどの行動力もない。ただ想いが空転しているばかりだ。
だからこそ、茜の言葉にあんなにも過剰に反応してしまった。
その挙げ句がこれだ。目を逸らしていた事実を突き付けられ、しかしどうすることもできずに再び目を背けてしまった。
逃げた。さくらや茜からだけではない。
もっと大事なもの。守りたい、決して失いたくはないと、掛け値なしにそう思える気持ちからもだ。
苛立ちもあった。不安もあった。失うかもという恐怖もあった。でも、そんなものなんて越えるほど確かに抱いていたはずの気持ちなのに、一時の安楽のために投げ出してしまった。
あの場から去ったということは、誰を見捨てたということか。
「解ってるさ……!」
立ち止まり、強く握った拳を手加減なく壁に叩きつけた。頭の芯に響くようなその痛みさえ、悟を責めているように感じる。
それがより悟の心を乱して、二度、三度と拳を打ち付ける。思い信じて言の葉を放てば神さえも越えられる手、大切な人を守れたかもしれない手は、だが今は苛立ちを乗せて自らを傷つけることしかできない。
だから、と四発目を振りかぶって、しかし打ち出せない。
……バカだよ俺。
気が付けば、全身はまだ強ばっているというのに力が抜けていた。フラフラと壁にもたれ掛かり大きく息を吸って吐く。
その程度で感情は消えはしないが、熱くなった思考を平素の状態に近くすることはできた。
完璧にコントロールとはいかないが、感情のままに動くことのないように内に秘める。それくらいは、できる。
それに、と前置きしてから思う。あの場から逃げてしまった、見捨ててしまったという事実はどうしたって変えられない。ならば、言い訳をし、苛立ちのままに自分を傷つけるよりも、できること、しなければならないことがあるはずだ。今のまま逃げ続ければ、今度こそ本当に完全に、大切な人を見捨てることになるのだから。